第2夜 12節

文字数 1,705文字

「………う…」


チュンチュン…と雀の子のお喋りで起こされるセツナ。昼間の世界─────時計やカレンダーが無いのであれから何日経ったのか分からないが、夜は既に明けたようだった。起きあがろうとして、腹部が痛む事を思い出す。………出血は止まっていた。命を落とさずには済んだらしい。ほっと胸を撫で下ろすセツナ。
……あの夜からは、どうやら相当な時間が経ったようだった。傷だらけで雑菌塗れの地面に横たわっていて化膿や腐敗がしなかった自分の身体は、どうやら思っているより強いらしい────それとも、これも御光の一族に伝わる神々の加護のお陰なのだろうか。……家を抜け出してなお一族の力を借りているようで少し嫌気が刺すが……いや、これは自分自身の力なんだ。そう言い聞かせて一つ深呼吸をする。
そう云えば、レナは─────。
急にその事を思い出して、急いで辺りを見渡す。レナ、レナ、何処……!

居た。
レナは、セツナの正面に倒れていた。
彼女の傷もまた、セツナ同様に腐食されていないで済んでいるようだ。蛆も湧いていないし蝿も集っていない。それでも生きているか不安になって、そっと顔を覗き込むセツナ───レナの胸元は、小さく上下していた。………生きて……る……。はぁー……と息を吐いた反動でセミロングの髪がさらりとレナの顔にかかった。それに気付いたレナが、んん……と唸りながらゆっくりと瞳を開け………そして、セツナを認識すると悪戯っぽく微笑んだ。


「………おはようセツナ、王子様のキスで目を覚まそうとしてくれたの?」

「んな…っ、ななな、な訳ないじゃん!」

「あはは、冗談冗談………ん……朝……今って何日?」

「わかんない……でも傷口も塞がりかけてるし、結構経ってるみたいだよ」

「空き地にずっと倒れてても放置されたままだなんて……さすが【裏社会】」


助かったから別にいいけど、とレナは付け加えた。確かに、子供が倒れているのをずっと放置しているなんて、やはりこの街は少し狂っている。……けれど、死体だと判断されて片付けられてしまわなかったから……結果、その狂った世界に助けられたのか。なんだか複雑な気分だ。
よい、しょ…と青痣だらけの足を引き摺りながら、レナは立ち上がる。そして真っ直ぐ足を進め─────そこには、先程のレナやセツナと対照的に蛆と蝿が集っている男の死体があった。レナは、それを哀しさと……それでも冷酷さを併せ持った視線で見下ろした。


「………私は悪い子だから、依頼も訊いてあげないし、もう屍になっているあなたから報酬も勝手に奪って行く。……仕方ないよね、あなたは私に『負けた』んだから。」


ひょい、とレナは死体から何かを拾い上げる。
それは、男の財布だった。
全てを巻き上げる事はせず、律儀に一万円だけ抜いてその財布を死体に返した。レナは何も言わない死体をじっと見つめ………そして、セツナの方に向き合った。セツナも、腹部を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「………レナ」

「…これで、目標金額は達成。………セツナ、もう一度言うけど…」


レナは不安そうな瞳でセツナに問い掛ける。
……セツナが一人だけ、【表社会】に行くって選択肢もあるんだよ、と。


「私はとっても穢れてる。見たでしょ?このままじゃ、【表社会】に行ってもセツナに迷惑をかけるかもしれない……それでも、セツナは…私と行きたいって言うの?」


それを聞いたセツナはきょとんと目を丸くして……微笑んだ。
足を進め、レナの正面で両手をぎゅっと握りながら。


「当たり前でしょ。レナの罪は私の罪。一人で背負わせるなんて事、しないよ。私にはレナが居なきゃダメなの。レナだって、私が居なきゃ一人で家事出来ないでしょ」

「セツナ………」

「だからいいの。私がそうしたいの。………ね、何も問題無いよ」


そう言うと、レナは瞳いっぱいに涙を溜めながら、うん、と頷いた。
行こう。【表社会】へ。二人で、行こう。

世界に、春が訪れる。
変化の季節。卒業の季節。巣立ちの季節。
───そして、旅立ちの季節。

レナとセツナは、お互いを支えるために肩を組みながらゆっくりと歩みを進める。
目指すは太陽の街。
暖かな、光の差す方へ──────。








Ep.2
End.
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登場人物紹介

夜国 玲菜(やくに れな)


実験体A-11316-01


ブロンドのボブヘアに青いリボンと青い瞳の小柄な少女。

【発狂症】持ちにして、【ヤミカガミ】の適合者。妖の血を引いており、身体能力が高い。誰かを助けたいと強く思う反面、敵には容赦しないなど残酷。

白橋 雪奈(しらはし せつな)


実験体A-11316-02

 

紫がかった黒髪と黄金の瞳を持つ背の高い少女。類稀な「霊力」を秘めている。

神事【神憑り(かむがかり)の儀式】で繁栄を築いてきた「御光(みこう)家」の生まれ。 だが、儀式に出られるのは男児のみだったため一族から出来損ない呼ばわりされ虐待されて育つ。

白夜 雪音(びゃくや ゆきね)


実験体F-40556-E3


先端脳科学研究所で育ち、【クレナイ】に移ってきた実験体。

髪はもともとは黒かったが実験の影響で色が落ちてしまった。

実験を通して人間の限界まで身体能力を磨き上げられている。 おどおどしていて丁寧、優しい性格。

星野 有希(ほしの ゆき)


実験体L-90996-A4

 

学校でいじめを受けていた黒髪で眼鏡をかけた内気な少女。

レナの強さに勇気を貰っていじめっ子に反発したことでいじめが悪化し、屋上から身投げをする。その後【クレナイ】に拾われて二代目【ヤミカガミ】として完成する。だが、彼女は精神を破壊されており───。

サツキ


レナに助言を与える、銀の髪に紅の瞳を持つロリィタ服の少女。

対象の精神を汚染する「人を壊す力」を持ち、【クレナイ】の研究員と実験体に精神汚染を行っている【クレナイ】幹部にしてお姫様。

レナを特別視しているが、その理由とは…。

研究長:郷原雅人(さとはら まさと)


【Dolce】の職員にして能力開発研究所【クレナイ】の所長兼研究長。

人当たりがよく物腰柔らかで紳士的だが、倫理観がどうかしており、非人道的な人体実験だと理解した上で実験を行なっている狂人。
実は彼にも事情があって────。

ヒナ(緋那)


【感情の権化】───妖の1人にして、【死】そのものを司る、生きる厄災。

全てを奪い、失いながら永劫を生きる地獄に耐えられなくなり、禁呪を用いて命を絶った。だが、彼女の死が全ての物語の運命を歪める事となった───。

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