第0夜 2節
文字数 1,460文字
「……ロゼ…?」
寝ぼけた頭で思案するより先に、そう口走っていた。……そうか、ロゼが居ないのだ。自分の上で丸まって寝ていた筈の、ロゼが見当たらない。ベッドから落ちてしまったのだろうか。……そう思って目を擦りながら起き上がり、ベッド周辺を見渡すが……ロゼの姿は、見当たらなかった。
……何か、胸騒ぎがする。
レナはどくんどくん、と煩く騒ぐ胸の鼓動を抑えて部屋の灯りをつけて探す。
ロゼは本当にレナに懐いていた。この家の誰よりも。今までも幾度となくロゼと一緒に夜を過ごしたが、ロゼがレナの部屋から勝手に居なくなることは勿論、ベッドから落ちることすら無かった。それなのに、今、こうやって一生懸命探しても…自分の部屋の何処にもロゼの姿は無いのだ。ロゼは、一体何処へ…?
……嫌な汗が流れる。
ふと目線をドアの方に向けると、ドアがほんの数センチだけ開いていることに気付く。
どくん。心臓の鼓動が、より一層強くなる。
『───夜は自分のお部屋から出ちゃ駄目よ』
母親の咎める声がリフレインする。
…それでも。……それでも、レナはじっとしていることが出来なかった。
いやに冷たいドアノブに手を掛けて、暗闇の廊下へ飛び出す。ひたり、と刺すような冷たさの廊下の感触が、親の言いつけを破って悪いことをしている!と脳の中で騒ぎ立てて鼓動を速めさせる。…まだ時間は三時を回ったところだ。両親も、恐らく眠りについているだろう。先ずは二階をぐるりと見て回って、それから───。
キャイン!
階下から、犬の叫ぶような鳴き声が聞こえた。
それは、ロゼの声によく似ていた。
ロゼは賢い犬だ。無闇矢鱈に鳴いたり騒いだりすることはない。……そんなロゼが、泣き叫ぶような、そんな声を出している…?……何かあったに違いない。誰かに襲われたのだろうか。まさか強盗?……「自分の家に限って」なんて、そんな浅はかな考えはできない。この街ではどの家が犯罪の被害に遭っても可笑しくないのだから。
自分に何か出来るのだろうか。こんな幼くて非力な自分に。……いや、自分だけでどうにかしようと思うのが間違いだ。こういう時は大人に頼らなければ。両親を起こそう。ロゼが危険だと伝えよう。……両親の部屋は一階だ。「危険だから階下に降りるな」という言いつけを破るのは心苦しいが……そんなことを言ってはいられない。
レナは決意し、震える足で一階への階段を降りていった。
何故か、嫌な予感は膨れ上がっていく一方だった。階段を一歩踏み出す度に、ばくんばくんと心臓が暴れる。悪いことをしているから緊張している…そんな次元の気持ち悪さではない。なんというか……全身が、「これから最悪な事が起こる」と叫んでいるようで……。