第4夜 10節
文字数 1,807文字
実際、ヒナの洞窟の入り口には酒やら魚やら花やら果物やらが供えられるようになり……そして、時折生贄のような子供が両手足を縛られて置かれるようになった。……誰が子供を食べたりするか。馬鹿馬鹿しい。ヒナは毎回子供の拘束を解いて、「逃げるといい」と解放している。………そう云う経緯で「ヒナの姿を見た子供」が居るから、「岩山の神様」の噂は更に膨らんでいるようだった。
……人に認知されすぎているな。そろそろ拠点を変えた方がいいのだろうか……などと思いながらも、娯楽である食糧や花が手に入るのは悪い気はしないのでこのままでも暫くはいいか…とも考える。
そのような形で十年…いや百年…?千年かもしれない……そんな月日を過ごした。
最初は新鮮だった洞窟での生活も、全ての岩の種類を調べ尽くしたり探検し尽くしたりしてしまえば退屈なものになっていた。
……何より、寂しい。薄暗い世界で一人きりというのは参るな……ヒナは溜息を零した。
多くの月日を過ごして、小鳥や虫達のお喋りを通じてヒナが学んだのは、ヒナは「感情の権化」────「妖」と呼ばれる種族である事と、妖は感情の持つ強大な力「妖力」を操ると云う事、そして妖は「死」と云う概念を持たない……と云う事だった。
自分は強大な力に怯えながら、死ぬ事も許されず、永遠をこの薄暗い洞窟で生きなければならないのか……そう思うと憂鬱になってくる。せめて、友や眷属が居ればいいものを─────。
………いや、待てよ。
居ないのであれば……作って仕舞えばいいのでは?
不意に、そんな突拍子も無い思想が脳をよぎる。
妖を生み出した事など無いし、出来る確証も何も無いが………なんだか、出来る気がした。
「……ものは試しだ、やってみるか……」
ヒナは右手を掲げ、意識を集中させる。
足元の影から、蔓が伸びて────それは、二つの人の形を形作る。
姿形をイメージする。それは、自分と同じ少女の形をしていて。……長い髪がいいな。綺麗に結んでやれば互いに退屈しないだろう。片方は逆に短いのがいい……短いと言っても肩甲骨のあたりまでで癖っ毛で…。ブラッシングしてやるのが楽しそうだ。色は…銀の髪…などどうだ?夜に外を覗けば月明かりに照らされてさぞ綺麗だろうな。服は……あまり興味が無いな。黒い服が無難か、汚れが目立たないし。
───そのイメージを反映するように、闇から少女達の姿が作り出されてゆく。
癖っ毛の少女に巻き付いた蔓は青紫の蕾をつけ、長髪の少女に巻き付いた蔓は荊棘のような棘を生じ────そして少女達は、ゆっくりと目を開けた。
『………?アタ、シは……』
『……此処は……僕は…』
彼女達の声は、脳に直接響くような声色をしていた。
しまったな、声に関しては何も考えていなかった。何もイメージしていなかったせいで……耳ではなく脳に響くような不自然な声になってしまったようだ。……まぁ、聞き取りやすいからいいか。
────銀の髪に、紅の瞳。黒い衣服を身に纏い、両の手は手先にかけて紅く染まっていた。頭部には、ヒナと同じ漆黒の羽が生えている。そんな可愛らしい少女達が、ヒナをじっと見つめている。
「………お前達は、私が生み出した……妖だ」
『妖……あなたは、アタシ達の……主サマ…?』
「……まぁ、そんなところだ」
『ご主人様……あの、僕は……僕達は……誰、ですか?』
ご主人様、主サマ……彼女達は甘い声でそう繰り返す。…何だか少し恥ずかしいな。いや……それより、彼女達の名前だ。名付けなどした経験は無い。けれど、答えはヒナの中で決まっていた。
「───サツキ。お前は、【殺気】の妖、サツキだ」
『さつき……』
「そして、お前はロベリア……【悪意】の妖、ロベリアだ」
『ロベリ、ア……』
「……安直すぎたか?嫌なら別の────」
『いいえっ…!アタシはサツキです、主サマっ♪』
『安直なんて滅相も無い…!僕はロベリアです!』
サツキは、ロベリアは、そう言って頬を染めながら微笑んだ。……ああ、なんて愛くるしい。私の眷属にして、家族で、友でもある二人の少女────。
かくして、ヒナとサツキ、ロベリアの三人での生活が幕を上げた。