第4夜 11節
文字数 1,420文字
春の日は洞窟の入り口に生えたシロツメクサで花冠を作って遊んだ。サツキとロベリアに冠の作り方を教えるのには苦労したが……それでも、二度目の春が訪れる頃には、二人とも上手に花冠が作れるようになっていた。三人でとても大きな花冠を作って、それを洞窟の入り口に飾ったら……里で「岩山の神様の機嫌がいい」と云う噂が流れるようになったらしく、供物が何だか豪華になった。……機嫌がいいからと云って何か里のためにしてなどいないのに…と不思議に思うヒナだったが、ロベリアが『人間と云うのは、平穏を尊ぶ生き物なのですよ』と言うので、それもそうかと納得した。
梅雨の日はじめじめして洞窟ではあまりに過ごし難かったので、本意では無いが人間の姿を真似て人里に向かい、草子───本を供物と何冊か交換して退屈を殺した。雨ばかりで狩りが出来ず、食糧が得られなかった里の人間は有り難がっていた。妖に食事は必要無い。定期的に供えられる食糧と交換の形で草子を得られるなら、これから時々変装して里に向かうか……などとヒナは考えた。ちなみに、人里はヒナが一番はじめに見たものよりかなり豪華になっていて、時代の推移を感じられた。
夏の日は洞窟の奥にあった水場で水遊びをした。サツキの長い髪は乾かすのが大変なので毎回一つの団子に纏めてやる。髪留めが無いから留められないな…などと考えていたら、サツキが自身の力で荊棘の硬い蔓を生み出して手渡してくれた。ロベリアは名前の通り「ロベリア」の華を模した力を持っているが……サツキは「サツキ」の華ではなく「薔薇」の華を模した力を持っているようだった。名付けを間違えただろうか…そう思っていると、サツキは『アタシはこの名前、とっても気に入っていますよ主サマ♪』とにへら、と笑った。彼女自身がいいのであれば、大丈夫なのだろう。ヒナはサツキの頭を撫で…水遊びをする可愛い眷属達を眺めた。
秋の日は洞窟の入り口に落ちた落ち葉を拾った。真っ赤な紅葉に黄金の銀杏。どんぐりや松ぼっくりも落ちていたので、集めて飾ったりおままごとをして遊んだ。ロベリアは丁寧に物を扱うが、サツキは直ぐに落ち葉をくしゃりと壊してしまう。『サツキ、もっと丁寧に扱わないと駄目じゃないか!』と怒るロベリアに『アタシ悪くないもん!これが脆すぎるのが悪いのよ!』と頬を膨らませるサツキ。それを仲裁するヒナ。「では、落ち葉で貼り絵でもしないか?それならくしゃくしゃの落ち葉も、綺麗に形を留めている落ち葉も使えるだろう」と提案すれば、二人は成る程と納得して微笑んだ。……秋は大量に米が供えられる。それを火にかけてどろどろの糊にして、買ってきた紙に貼り付ければ、一枚の絵画が出来上がる。それを洞窟に飾り……ヒナはそれを眺めて満足そうに目を細めた。
冬の日は夜に外に出て星座を眺めた。はじめは澄んでいて綺麗だ、という程度しかわからなかったが、何度か季節を繰り返すと別の街から来たのであろう渡り鳥が「星座」と云うものを教えてくれたので、星座を探すようになった。あれがオリオン座、こっちがこいぬ座、あちらはおおいぬ座……そしてそれらのベテルギウス、プロキオン、シリウスを繋げば、冬の大三角だ。おお……と三人で声を漏らせば、静寂の夜空の世界に真っ白な息が上がって消えていった。
そのような感じで平穏な日々を送っていた、ある日の事だった。
その日────事件は起きた。