第4夜 1節
文字数 1,271文字
漆黒の荊棘の群れが、レナの小さな身体を雁字搦めにしている。
はらり、とブロンドの髪が顔に掛かって────それに気付いたレナは肩で息をしながら、その顔を上げた。
【ヤミカガミ】の発動を示す紅の瞳は、いつの間にか元の青色を取り戻していた。
ユキはにこりと笑うと左手をもう一度突き出し、ぎゅっと握る動作をする。途端にレナを縛り上げていた荊棘はしゅるしゅるとその形を小さく変え………ユキの落とす影へと戻って行った。
………ユキは、完全に【ヤミカガミ】をコントロールしている。
【ヤミカガミ】を支配下に置いている。
…いや───本当に「彼女が」コントロールしているのだろうか。だって、今のユキは元来の性格を壊してしまっているのだから。能力を「コントロールしている」のではなく、研究長……或いはサツキに「操られている」が正しいのではないか……そんな思考が頭を過ぎる。
ユキは何も悪くないのだ、と。
弱みにつけ込まれていいように操られているのだ、と。
そう……信じたい。
だから……レナは、ユキに尋ねる。
「………ユキ、どうしてユキは……【クレナイ】に味方するの?」
「どうしてって……私を強くしてくれたから、だけど」
「そうだけど…そうじゃない───どうしてユキは、そんな性格になっちゃったの?」
「………は?」
「だって……私の知ってるユキとは全然違う。ユキはこんな施設に味方するような人じゃなかった筈だよ。なのに、なんで………」
「………」
───馬鹿ね、もう私は貴女の知る『私』じゃないわ───
………最初の極秘実験の日にユキ本人から聞いたそのセリフ。
どうして?どうしてユキは変わってしまった?
それを知るのは、受け止めるのは、友達の責務だと思う。
ユキが本当に変わりたいと思って変わったのであれば、認めたい。
けれど、そうじゃないなら───。
………願わくば、ユキにはちゃんと幸せになってほしい…レナはそう思っている。何人たりとも、彼女の人生と云う絵画に落書きをしてはいけないのだ。もし、【クレナイ】が落書き───ううん、そんな可愛いものでは無く、彼女の人生を真っ赤なペンキで塗り潰そうと云うなら……それは絶対に止めなければいけない。
………だから、ユキの事を……ちゃんと、知りたいのだ。
ユキは暫く黙った後、「そうね」と言って話を切り出した。
「話してもいいわよ。隠すような事じゃないしね………きっと私の話を聞いて───貴女は私を助けたいなんて抜かすでしょうね。けど、最初に言っておく………私の人生の邪魔をしないで。これは私が選んだ道。横槍なんて入れさせない。それだけ、覚えておいて」
「………」
分かった、とは直ぐには言えなかった。彼女は、「自分を助けようとするな」と言っているのだから。………けれど、彼女が本当に自分の意思で此処に居ると言うなら………レナもまた、彼女の人生にペンキをぶち撒けるような真似をしてはいけないのだ。
……だから、一呼吸おいて「分かった」と告げる。
それを聞いたユキはくるりとレナに背を向けると───ゆっくりと語り出した。
始めましょう。
私が、過去の私と決別した記憶のお話を。