第1夜 9節
文字数 1,079文字
涙を枯らし、絶望したレナは、俯き…項垂れた。セツナは未だに動かない。
地面には、紅い海と、透明な湖が出来上がっていた。伸し掛るような静寂が、実験室を呑み込んだ。
────刹那。レナが誰にも聞き取れないほどの小言で、何かを呟いた。
それに気付き、顔を上げる雪音。
そこでは、にわかには信じがたい現象が起きていた。
セツナを取り巻く真紅の海が、淡く光り輝いていたのだ。
その中央に横たわるセツナの傷口も同様に光り……その傷が、徐々に癒えてゆく。
まるで、皮膚が裂け肉が抉れる様子を逆再生したかのように、傷口が塞がってゆく。
呆然とする雪音。
依然として俯いたままのレナ。
……これも、【ヤミカガミ】の為せる技……?
……十数秒続いた光が収まると、セツナが目をゆっくりと開ける。
驚く雪音。項垂れたままのレナ。
セツナは起き上がり、あれ……と自分の腹部を…そして背中をさする。そこには、ぼろぼろになった実験着があるだけで、傷は一つたりとも無かった。
セツナが、生きている………?
雪音はほっと胸を撫で下ろし、まさか夢では無いかと恐る恐るセツナに声を掛ける。
「私……怪我した筈じゃ……」
「セツ、ナちゃん……?」
「雪音…?えと…私…何が起きて……」
「えと……レナちゃんが、何かをして……」
「レナが……?………!レナ…?レナ、ちょっとしっかりして…!」
はっとしたセツナが横で俯いたまま固まっているレナを揺すりながら声を掛ける……が、レナは瞳を固く閉ざしたまま起きる事は無かった。まさか、死……。
雪音がそう最悪の事態を想像しているのを察したセツナはレナの手首に指を当てる……そこには、ちゃんと脈がある事が確認できた。
「…大丈夫、生きてる」
「よ、かった……2人とも無事で……」
「レナ………これは一体、どういう事…?」
「分からない……レナちゃんって、一体───。」
……【ヤミカガミ】、【発狂症】、サツキ……そして、謎の治癒能力。
それは、1人の人間に与えられる力にしては、運命にしては、些か強大すぎるものだ。
一体、彼女は何者なんだ…?
雪音とセツナは目を合わせ……そして、再びレナを見遣る。
分からない。何も、分からない。
ただひとつ分かるのは………この「レナ」という少女が……そして彼女を取り巻く数奇な運命が、この悪夢の華の実験室における「要」になっているという事だけだった。
レナと、セツナと、それから雪音。
これから彼等に降り掛かる災難とは、運命とは。
彼等を待ち受ける【クレナイ】での日々が、更けてゆく初夏の夜と共に幕を開ける───。
Ep.1
End.