第1夜 7節
文字数 2,477文字
『!!』
攻撃の全てを受け止め、若しくは躱していたサツキだったが、だんだん速く強くなるレナの動きに対して対応が遅れ始める。…その一瞬の隙をレナは見逃さなかった。五連撃を入れた後に腕がもつれて体勢を崩したサツキに、渾身の一撃を───。
───その一撃は、サツキの左肩から右脇腹を直線でスパリと切り裂いた。『あ……』とか細い声が漏れ、遅れて真っ赤な飛沫がサツキの服を染める。傷口を抑えて後退るサツキ。その瞳は未だ嗤っていた。
『……ッ、やるのね。ちょっとだけ見くびっていたわ……。…あははッ、どうやら上手く馴染んだみたいね…その力。アタシも──本気を出そうかしら』
サツキが右手を高らかに掲げる。
それを合図に彼女の落とす真っ黒な影から、わらわらと生み出されるぬいぐるみの軍団。それらはどれも片目が潰れていて、両の手に凶器を携えている。……その光景は、一般人からすれば超然的なもの。マジックの一種だと思われるやもしれない…。だが、雪音はそれがマジックや幻想ではなく、サツキの「能力」によるものだと見抜いていた。
【ヤミカガミ】とサツキの能力は同じだと研究長は言った。
【ヤミカガミ】が最高の戦闘能力を誇る能力だ、とも。
つまり、サツキの能力もまた最高の戦闘力……もっと詳しく言えば攻撃力を誇るものなのだ。サツキはどうやら、その力を使いこなしている。それに対してレナは能力の暴走と【発症】に振り回されて使いこなせていない……更に補足すると、能力の種の根を下ろしただけで開花していない…つまりレナは未完成なのだ。力の差は、歴然としていた。
サツキが召喚したぬいぐるみ達がレナをロックオンする。
それを見たレナは言葉にならない言葉を紡ぐ。
その途端レナの影から漆黒の荊棘が伸び、彼女を守るように形作り……また、別の荊棘がサツキに向けて先端を尖らせながら伸びていった。
……それは、超人的な力を持つ者同士の戦い。
雪音が知る「能力」とは違う、オカルト的な力。
『───人間の脳は自然と深く関わっているから、自然のオカルト的な力を利用できるようになるのではないか───』
前の研究所で所長が言っていた仮説は、どうやら間違ってはいないようだった。
そんな彼女達を前に、自分は果たして、何が出来る?
手足を駆使して戦う事しか出来ない、自分に……。
………。
自分は、どうしようもなく無力だ───。
『…あのさ、二人に、お願いがあるんだけど──』
脳裏を過る、レナの「お願い」。
それを思い出したセツナは、突然その場を飛び出した。
「セツナちゃん!?」と叫ぶ雪音を振り返る事なく、一直線に。
サツキが右手をばっ、と下ろす。
ぬいぐるみ達が一斉にレナの元へ高速移動し、凶器を振り上げる。
レナは地面を蹴り、硬い剣となった荊棘の群れと共にサツキの心臓を目掛け…。
『───万が一…私が私じゃなくなってしまったら、その時は助けなくてもいいよ。それは私が背負うべき業であって、二人には関係が無いから───』
…だが、サツキのぬいぐるみの攻撃がレナに届く事は無かった。
そしてレナの攻撃もまた、サツキに届く事が無かった。
何故なら、そこには───。
「───セツナちゃぁぁぁぁんッッ……!!!」
「げ……ほッ………」
『!!』
……セツナが、立ち塞がっていたから。
先端の鋭い荊棘の群れが、柔らかな腹部を突いている。
サツキの攻撃を直に受けた背中…実験着はぼろぼろになり、真っ赤に汚れ、爛れていた。
『ちッ……』
「………あ………」
サツキは邪魔が入ったと舌打ちし、レナは一歩後退りをする。
レナが一歩退く度に、セツナは床に鮮血を零しながら一歩前に歩み寄る。
そして、そのまま……。
「!!」
セツナは、レナの華奢な身体を抱き締めた。
レナは唖然とする。
かたかたと震える腕と足をなんとか抑えながら、意識の飛びそうな程の痛みを堪えながら、セツナはレナに言霊を紡ぐ。
「も……う…いい…んだ…よ………。も…う、戦…わな…て…い……だよ…」
「あ………」
「だ…か、ら……戻……てき、て……レ、ナ……」
その言葉は、あまりにも優しくて。
レナははじめ、唖然としていたが……理性を失った今、目の前の生物は全てが破壊対象だ。抱き締めたセツナの背に、再び荊棘の刃が形成される。それはぎりぎりと音を立てながら先端を尖らせてゆく。そして──。
……その瞬間、レナはセツナを突き放した。
荊棘の刃は直線上に居たレナに命中し、ふらりと体勢を崩す。
その足元から伸びる漆黒の荊棘。
レナはそれを振り解き、頭を抱え、しまいには地面に突っ伏して床を掻きむしりながら……まるで、自身の力に抵抗する素振りを見せ始めた。……サツキはそれを冷ややかな目で見下ろす。
『……無駄よレナ、抵抗なんてしない方がいい。アンタは【ヤミカガミ】の器……全てを受け入れたら楽になれるわ。苦しまなくていい……本能の赴くままに壊し続けていたらいいの』
「ーーッ、ッ……!ッ──!!」
『分からない?深度が足りないのかしら……じゃあもう一段階、』
そう言って深度を上げようとするサツキの腕が、宙を舞った。
……え、とサツキが声を漏らす。
そこには、はじめに戦った研究員達が持っていた紅の剣を握り締めた雪音が立っていた。
雪音が、サツキの右手を…斬り落としたのだ──。
『ッッ……!!』
「そんな事させない…!これ以上、レナちゃんを苦しめるなら、僕も容赦しない…ッ!」
『……あは、雑兵供の持つ弱小な力の剣で、アタシの手を斬り落とすなんて───!アンタも、只者じゃないわね。面白い、面白い、面白い…ッ!!』
「…っ!」
雪音がサツキの気を引いている間、レナは必死に自分の暴走する力を抑えようと悶え苦しみ、セツナはゆっくりと足を引き摺りながらレナのもとへ歩みを進めていた。
そして、やっとの思いでレナのもとに辿り着いたセツナは、再び……今度はしっかりと、両の手で抱き締めた。もうひとりじゃないよ。離さないよ。どうか苦しまないで。悲しまないで───。
セツナの瞳が、黄金の色を強める。
───血を映したような、レナの真紅の瞳から……不意に、温かな雫が溢れた。