第4夜 7節
文字数 847文字
ユキはレナにそこまで語ると、「【ヤミカガミ】の侵蝕が、苦しいんでしょう?」と問いかけた。図星を突かれたレナは、瞳を逸らす。
くす……。ユキはそう嗤うと、小馬鹿にしたような口調で続けた。
「馬鹿ね。まだ【ヤミカガミ】に成る勇気を────【人間】を捨てる勇気を持てないのね。ああ、だからアンタは駄作なのよ。出来損ないなのよ、一代目。化け物に成る決意を、【ヤミカガミ】に成る決意を固めたら……もう、苦しくなんて無いのに。」
………それは、きっと本当なのだろう。
ユキの言う通り…【人間】で在ろうとするから、化け物のような力を何処かで否定していて、苦しいのだ。【人間】では無くなっていく事に恐怖を覚えるのだ。
────だけど、私は……人間で、在りたい。
化け物になんてなりたくない。
全てを壊すこの力を、認めたくない。
だがそう言ったところで、この研究所はレナに【ヤミカガミ】の実験をやめる選択を取らないだろう。だからこれは、レナが決断を先延ばしにして……勝手に苦しんでいるだけなのだ。
出来損ないだと、駄作だと、ユキがそう罵るのは…レナが「運命を変えられない事を分かっていながら抗おうと無駄な事をしているから」なのだろう。
……でも…、でも────。
レナの青い瞳が、ゆらゆらと揺れる。
ユキははぁ……と溜息を吐くと、構っても無駄ねと言うように背を向けた。
「……もう、五時が近づいているわ。今日はお終いね、早く帰りなさい」
もう、夜が明けようとしているのか。
これ以上は起床する実験体が出てくる……早く居住区域に戻らなければ、不審に思われてしまうだろう。ぐるぐると同じところをループする考えを棚に上げるように、レナは「帰らなきゃ」と云う思考を呼び出す。慌てて踵を返し、ぱたぱたと走って倉庫を後にするレナ。ユキはそれを見送ると、一人ぽつりとぼやいた。
「どうして……【ヤミカガミ】は私一人じゃいけないの…?レナは、どうして【特別】なの…?」
………それに応える者は、誰も居なかった。