第4夜 9節
文字数 1,725文字
人間から生じる霊は大自然が持つ霊的な力をエネルギー源とするのに、自然から生まれる妖は感情の力をエネルギー源にする。……全く、よく分からない仕組みだ。
兎も角、妖と云う超常の存在は、蔓延る感情エネルギーが集まって凝縮して……そしてそれが、形代に宿ってこの世界に生まれた。「歓喜」、「悲哀」、「憤怒」、「快楽」、「慈愛」、「欲望」、「嫌悪」────そして最後に生まれたのが……「殺意」の妖だった。
彼奴さえ居なければ。
どうしてそんな事を。
壊して仕舞いたい────。
……そんな、真っ黒な感情が集まって、一輪のヒナゲシに宿った。その悪夢の華は形を変え───そして、一人の少女が生まれた。
「…………私は………」
先程までただ咲いて種を残す事だけ考えていた少女の中に、殺意の感情のエネルギー────「妖力」が渦巻く。だが、「殺意を司る妖」と成った彼女は、そのどす黒いエネルギーに呑まれる事なく、正気を保っていた。……彼女にとって、殺意とは「生まれた頃から」感じている当たり前の感情だ。故に、その力が暴走する事は無い。
少女の背に、ぬっと影が落ちた。振り返ると……そこには腰に蓑を巻いた大柄の男が立っていた。
「……誰だ?」
「お前こそ誰だ、小童……余所者か?」
「………余所者……」
「……なんだ小童、分からないのか?」
「………」
「名前くらいは分かるだろう、名を名乗れ」
……先程生まれたばかりの妖である少女には、自分の事など……そして、この世界の事など何も分からなかった。不意に視線を落とす─────そこには水溜りと、自分の仲間だったヒナゲシの華が咲いていた。
水溜りに映る自分は、黒い髪を肩の近くまで伸ばし、ヒナゲシの華を頭に付け、黒い洋服と赤い着物が半分ずつになったような…そんな不思議な格好をしていた。そして、耳からは漆黒の翼が生えていて……瞳は、狂気を覚えるような紅だった。
紅……か。私の「華」の色と、同じだな…。
仲間だったヒナゲシを今度は見遣って、ぼーっとそんな事を考える。目の前の男が、少し苛立った口調で「名前は?」と尋ねてくるので、少女は顔を上げ────
「───ヒナ。緋那、と云う」
「ヒナ……聞いた事無いな。この村の者は名前に「麻」をつける事がしきたりだ。……余所者だな!?村を奪いに来たのか!」
男はヒナに、持っていた槍を突きつけた。ヒナは突然の敵意に怯み、一歩後退る。どうやら、「余所者」と云うのは悪い事だったらしい。男は「村を奪いに来た」と思い込んでいるようで……その槍を一思いにヒナに突き出した。
やられる!!
ヒナは目を閉じ─────
ビッ、ぐちゃ、どさ……ッ。
目を閉じた刹那、そんな音と男の悲鳴が同時に聞こえたので……ヒナは恐る恐る目を開けた。そして……その真紅の目を見開く。
ヒナを護るように、漆黒の植物の蔓がドーム状になっていた。
そして、ヒナの影から別の蔓が伸び……それが、男の腹部を貫いている。ぎりぎり、と蔓は形を変えて……男の傷を抉る。ぼとぼと……。鮮血が地面を紅く染め上げた。
………なんだ、これ、は………私が…やったのか……?
「あ……」と震える声を絞り出せば、漆黒の蔓はぱっと男を離して影に溶けて消えていった。骸となった男を見下ろして、ヒナはその場に釘付けにされてしまう。
「誰か居るのか────?」
そんな声がして、向こうの方から数人の男がやって来るのが見えた。「化け物だ」と罵られたくなくて……痛い目を見たくなくて……ヒナは焦った。どうする…ッ!?どうするどうするどうする………!?
男達は無情にも近付いてくる。ああ、あ、ああぁあ、見ないで、見るな、見るな見るな見るな見るな──────ッ!!!
「何事─────」
「見るなぁぁッッ!!!」
ヒナはその真紅の両眼で、男達を見据えた。
その途端────男達の身体が漆黒の闇に包まれ……そして、ぼろぼろと灰になって崩れていった。……絶命、した……?
私はただ、見るなと…そう、睨んだだけなのに。
罵られたくないと、願っただけなのに。
私は………罪も無い彼らの命を、勝手に奪ってしまったのか………?
へたり。ヒナはその場に崩れ落ちる。
私は、化け物だ。姿を現してはいけない────怪物なのだ。