第4夜 18節

文字数 2,480文字

………それが、サツキとレナの関係だ。
それが、二人の真実であり、レナが「特別」である理由だ。
そんな、と零すレナに、サツキは嗤った。


『………アンタの両親を殺して、アタシは【裏社会】の路地裏にアンタを置き去りにした。【裏社会】で育てば負の感情は簡単に育つでしょうしね。そしてサトハラにアンタの事を教えたのもアタシ。【クレナイ】に連れてくるよう指示したのも、【ヤミカガミ】の実験を受けるよう言いつけたのもアタシ。……全ては、アンタを覚醒させるために。』

「そん、な……そんな、そんな事、って……ッ」

『キャハッ………ねぇレナ。アンタ、人間で在りたいって───化け物になりたくないって、そう言ってたわね。あぁ、なんて馬鹿馬鹿しい。だってレナ、アンタは──────』









────半分はアタシと同じ妖で。
最初から人間なんかじゃないのにね───────











「あ、あぁ、あああぁぁああ───────ッ」


レナの瞳が、絶望に見開かれる。

私が………妖?
人間じゃ、ない?

うそだ………嘘だ嘘だ、全部ホラ話だ…!
だって、だって私が、化け物の訳が───────


『【発狂症】って云うのは、妖の力にアンタの人間の部分が拒否反応を起こした結果起こるエラーよ。【発症】した時が妖としてのアンタの力で、理性と痛覚が無くなるのはエラーが起きてるからね』

「………ッ、あぁ、あ、あ………ッッ」


心当たりが、あった。
自分はどこかおかしいと、そう気付いている部分があった。
それが────「自分は妖」と云うピースを嵌め込むと、ピッタリと隙間が埋まってしまう。
ああ、あぁあ、あぁああああああぁあぁあ……!!
わたしは、わたしは───────!!!


どくん。

「絶望」と云う負の感情を吸い上げて、【ヤミカガミ】が急激に成長する。身体の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜて、内臓を突き刺し引っ掻いて、その痛みにレナは顔を歪めた。


『認めなさい。逃げたって、背を向けたって事実は変わらないわ。アンタは半妖。人間じゃない。「特別」なの─────レナ、ちゃんと向き合って。』


サツキの声だけが、ぐるぐる混乱する脳に響き渡る。

………本当は、どこかで分かっている。
認めたくないと思っていても、変えられない事実があるのは、分かっている。

痛い。痛い、痛い痛い痛い。
苦しい、悲しい、怖い、辛い────ッ。

でも………。

レナ───────ねぇ、強くなろう?
逃げてばかりじゃ、駄目なんだ。
耳を塞いでばかりじゃ、目を背けてばかりじゃ、駄目なんだ。

もう、分かっているだろう。
もう、気付いているだろう。

私は───────私は、半妖だ。
人間じゃ………ないんだ。


それを認めた瞬間、許した瞬間。身体の中の【ヤミカガミ】は次々に蕾をつけて─────そしてそれは一斉に、レナの中で開花した。
ぶわ、と毛細血管の隅々まで力が行き渡る。
痛みは────もう、感じなかった。

私は、半妖だ。
化け物だ。怪物だ。
でも。
……でも、それ以前に、私は──────。


「───わたしは………私は………レナだ。人間じゃないとしても、半妖なのだとしても……私は、【夜国玲菜】だ。そう…そうだ……。それが、私が導いた、答え」


レナはゆっくりと起き上がると、サツキに……そして何より自分に言い聞かせるようにそう呟いた。そうだ。妖だからって、人間じゃないからって、【ヤミカガミ】だからって……私は私だ。レナは、レナだ。今までと何にも変わらない。変わらないように、努力し続ける。だから────「私は私」だから、何も怖がる必要は無い。
サツキは『そ……』と告げると、レナの手を取って立ち上がった。


『アタシにとってはアンタは主サマの器だけどね。アンタがそれで納得するなら……それでもいいと思うわよ。───おめでとう、レナ。アンタは晴れて…【ヤミカガミ】の能力者よ』


サツキはユキにそうしたように、自らの闇を集めて薔薇に変え、レナに手渡した。……だがレナは、「要らない」とそれを断った。


「………私は、【ヤミカガミ】を認める。自分の力として、認める。でも……この力は、私が正しいと思った事に使う。救いたいもののために、護りたいもののために使う。決して、【クレナイ】のためには使わない─────だからこの薔薇の華は、要らない」

『……くす、アンタらしいわね。じゃ、アタシはもう用無しね。サトハラに報告にでも行こうかしら……「レナが【ヤミカガミ】を完成させたわよ」ってね。………レナ、アンタはアンタの生きたいように生きればいいけど……いつかきっと、アタシの元に来てもらうわ。』

「そう簡単にはいかないと思うな。私は私であって、ヒナじゃないから」

『ふふ、どうかしら。【器】のアンタがどう足掻いたって────未来はひとつって決まってるのよ』


サツキはそう言い残して、闇に溶けて姿をくらませた。
レナは息を吐き、壁の時計を見遣る。……時刻は、七時半に差し掛かっていた。
……セツナと雪音は、起きているだろうか。二人は早起きだ。朝食の支度をしているかもしれない……。
レナはすう、と深呼吸をすると、談話室に繋がるドアノブに手を掛けた。

………セツナと雪音に、きちんと話そう。
怖がっちゃ駄目だ。彼らを信じなきゃ駄目だ。
きっと二人は、はじめは驚くかもしれないが……受け入れてくれるだろう。
私を「レナ」として、認めてくれるだろう。
だから、怯む必要は無い。

ドアノブを一息に開く。
その先には、予想通り朝食の支度をしている二人の友達の姿があった。


「……あ、レナ!おはよう」

「レナちゃん、おはよう」


二人はいつも通り朗らかな笑顔を浮かべてくれた。それを見ていると、とても幸せな気持ちになる。
………二人の事を、私は裏切りたくない。
だから、私は半妖であっても、【ヤミカガミ】であっても…その力を自分の中の正しい事に使いたいと思う。


「────セツナ、雪音、おはよう。私も手伝うよ」


レナはそう言いながら笑顔を作る。
今日も、一日が始まる。それは悪夢の一日か、それとも否か。
だが────私はもう、怯まない。
どんな一日だって、自分の持てる全ての力を使って……必ず、乗り越えてみせるのだから。









End.
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登場人物紹介

夜国 玲菜(やくに れな)


実験体A-11316-01


ブロンドのボブヘアに青いリボンと青い瞳の小柄な少女。

【発狂症】持ちにして、【ヤミカガミ】の適合者。妖の血を引いており、身体能力が高い。誰かを助けたいと強く思う反面、敵には容赦しないなど残酷。

白橋 雪奈(しらはし せつな)


実験体A-11316-02

 

紫がかった黒髪と黄金の瞳を持つ背の高い少女。類稀な「霊力」を秘めている。

神事【神憑り(かむがかり)の儀式】で繁栄を築いてきた「御光(みこう)家」の生まれ。 だが、儀式に出られるのは男児のみだったため一族から出来損ない呼ばわりされ虐待されて育つ。

白夜 雪音(びゃくや ゆきね)


実験体F-40556-E3


先端脳科学研究所で育ち、【クレナイ】に移ってきた実験体。

髪はもともとは黒かったが実験の影響で色が落ちてしまった。

実験を通して人間の限界まで身体能力を磨き上げられている。 おどおどしていて丁寧、優しい性格。

星野 有希(ほしの ゆき)


実験体L-90996-A4

 

学校でいじめを受けていた黒髪で眼鏡をかけた内気な少女。

レナの強さに勇気を貰っていじめっ子に反発したことでいじめが悪化し、屋上から身投げをする。その後【クレナイ】に拾われて二代目【ヤミカガミ】として完成する。だが、彼女は精神を破壊されており───。

サツキ


レナに助言を与える、銀の髪に紅の瞳を持つロリィタ服の少女。

対象の精神を汚染する「人を壊す力」を持ち、【クレナイ】の研究員と実験体に精神汚染を行っている【クレナイ】幹部にしてお姫様。

レナを特別視しているが、その理由とは…。

研究長:郷原雅人(さとはら まさと)


【Dolce】の職員にして能力開発研究所【クレナイ】の所長兼研究長。

人当たりがよく物腰柔らかで紳士的だが、倫理観がどうかしており、非人道的な人体実験だと理解した上で実験を行なっている狂人。
実は彼にも事情があって────。

ヒナ(緋那)


【感情の権化】───妖の1人にして、【死】そのものを司る、生きる厄災。

全てを奪い、失いながら永劫を生きる地獄に耐えられなくなり、禁呪を用いて命を絶った。だが、彼女の死が全ての物語の運命を歪める事となった───。

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