第4夜 15節
文字数 2,544文字
人間の遺伝子を持つフタバの成長はサツキからすればとても早く、何十回か…或いは何百回か季節を繰り返すと彼女は少女の姿になった。グレージュの髪もどんどん伸びて、踏んで転んでしまうのではと不安になる程にまで長くなった。サツキは『髪、切る?』と提案するが、フタバが「長い方が可愛いもん!」と言うのでそのままにしている。
人里はだんだん大きくなり、「都」と云う街が各所にできるようになった。ヒナに似て読書家のフタバのために草子を集めるサツキ。都で流行している御伽草子に出てくる美しい女性達は皆、色鮮やかな着物を重ね着して、髪を長く伸ばしている。……フタバがそれに影響を受けているのは確実だった。
サツキは成長していくフタバを見ながら……時折、ヒナの事を思い出して過ごした。
……やっぱり、止めるべきだったかもしれない。そう云う後悔が胸を刺す。フタバが育ったからと云っても、彼女はヒナでは無い。フタバはヒナから受け継いだ「殺意」の妖力を持ちながら……ヒナのような、いざとなれば殺める事も躊躇しない冷酷さを持ち合わせていなかった。【愛情】の半妖であるフタバだ……【殺意】の妖であるヒナとは違うのだ。
だから、サツキは「ヒナはもう蘇らない」と悟り……それがまた、「やはり代替わりを止めていれば」と云う後悔を呼んだ。
そうやって、月日を重ねていった。
そんなある日、事件が起こった。
「────頼もう、妖退治に参ったッ!!!」
『───!!』
それは突然だった。薄暗がりの岩穴に行灯の光が差し込んで……動きやすそうな着物を着た十数名の男が、隠れ家に入り込んできたのだ。彼らの黄金の瞳に、サツキは覚えがあった─────妖退治の霊力を持つ人間達だッ……!
フタバはなんとしてでも護らないといけない。だがサツキは「壊す」力しか持ち合わせていない────だから、フタバを急いで洞窟の奥に隠して、男達の前に立ち塞がった。
『………アンタ達、【光族】?』
「よく知っているな。いかにも……我々は妖を退治する一族で────」
『あはッ、聞いてもいないのに口が軽いのね。で、何?アタシを退治しに来たの?』
「そうだ。話が早くて助かるな……もう一体、ヒナゲシの妖が居たと聞いていたが……匿っているのか?」
『馬鹿ね、古すぎるわよその情報……主サマなら、もうこの世には居ないわ』
「成る程…?お前が殺したのか、ああ悍ましい…仲間同士で潰し合いをするなど───」
『────誰がそんな事するかッ!!!』
サツキは次の瞬間、男の懐に入り込んで攻撃の体勢を取っていた。影から伸びる漆黒の荊棘で動きを拘束し、爪でざん、と切り裂く。あまりの速さに、男はなす術なくその攻撃を喰らって倒れてしまった。血飛沫が舞い、サツキの頬と彼の白い着物を紅に染める。サツキの奇襲攻撃に後方の男達が面食らったのも一瞬。彼等はすらりと剣を取り出すと、サツキに向かって斬りかかってきた。
岩穴の壁を蹴って空中に身を翻したサツキは、右手に闇を集めて漆黒の槍を生み出し、応戦した。
『人間って不便ね、手が二本しか無いんだものッ!!!』
「ッ!!!」
斬り合って武器と武器の押し合いになり、単純な力勝負に持ち込まれ─────サツキはその正攻法を無視する。武器同士の押し合いになった時は両手が塞がれてその場から動けなくなる。馬鹿ね、動けないなんて……これ程までに大きな隙を逃す筈無いじゃない!
影から先端の尖った荊棘を生み出して、それで腹部を突く。荊棘の群れは男の腹部を切り裂いて、紅の華を咲き誇らせた。どさ、と倒れる男────それに目を遣る時間は無い。次の男が攻撃を仕掛けてくる!
人間と妖の戦い。人数の差はあれど……圧倒的に妖が有利なのは、分かりきった答えだ。超常の力を使う妖に対して、人間がどれだけ束になったところで象の前の蟻に過ぎない。余裕ね────そう思うサツキ。
だが─────それは、気の緩みだった。
『そろそろ逃げ帰った方がいいんじゃないかしら?アンタ達が束になろうとアタシには─────ッ!?』
不意に、サツキはその場に釘付けにされる。
釘付けにされる?違う────その場に固められて、動く事が出来なくなったのだ。
どう云う、事ッ……!?身体が、動か、な………!!!
そして、背に────ちくりと、刃物を突きつけられる感触。
「………ようやく、術が発動できた」
『……ッ!!』
その声は、聞き間違いなどでは無い。
最初に爪で切り裂いた、死んだ筈の男だった。
「何故生きているか疑問か?霊力のお陰だ……我々が持つ霊力は、外界からの力を身体に流し込んで延命を図る事も出来るのだ……。そして勿論、妖力や邪気を祓ってお前達妖を殺める事も、妖力や邪気の流れを止めてお前達の活動を停止させる事も、な」
……どうやら、このサツキの動きを封じる「術」も、霊力を持つ人間の為せる技らしい。………詰み、と云うやつだろうか。サツキは悔しげに唇を噛んだ。
「妖に生まれた事を後悔し、浄化されるがいい」
『……後悔、ね……。残念だけど、アタシはしないわ。主サマが作り出してくれたこの妖としての生を……アタシは絶対に後悔しない。生きてきた事を、絶対に後悔なんてしない。』
「……分からんな」
『分からなくてもいいわよ。アンタ達に分かってもらおうだなんて、最初から思ってないから』
「そうか。それじゃあ……次生まれる時は、人間に生まれる事が出来ると、いいな」
ざん。
光族の男の、霊力の籠った一撃が────サツキの身体を、真っ二つにした。
血液は、流れなかった。サツキは斬られた部位からさらさらと溶けるように消え─────そして、塵一つ残さなかった。
ああ────アタシはようやく、主サマのところへ、行けるのだろうか。
また、逢う事が出来るのだろうか。
フタバは……大丈夫だろうか。
どうか、生き抜いて…強く生きて欲しい。
今なら主サマの気持ちが分かる。
フタバを半妖にした気持ちが、分かる。
どうか、フタバはアタシのように、ロベリアのように、無惨に命を落とす事がありませんように。人として、幸せに生きられますように。
だんだんとホワイトアウトする思考でサツキはそう思い─────そして、消えていった。
こうして妖達の紡ぐ物語は悲しい終わりを迎えたのでした──────