第52話 日本で地震が起こったら

文字数 1,724文字

 雪が、溶けない。
 雪が降ったあと寒波が連続でやってきているので、いつもの年だと降っても翌日にはきれいさっぱり溶けちゃう雪が、今年はいつまでたっても消えません。

 あ、雪の上、よく見ると一面ずーっと霜柱が立ってますよ。きらきら~、さらさら~、て感じ。きれい。
 太陽が当たる場所では、大粒の氷の結晶が、雪の白の中に無数の小さなダイヤモンドをちりばめたように、これまたきらきらと七色の光を反射してます。こういうの、むかし真冬のチベットを旅していたとき、荒野の雪原で見た景色とおんなじ。

 二〇〇七年一月十二日夜。
 インターネットで日本のニュースを見ていたら、気象庁からの津波警報が出ていました。へー、北海道で一メートル、本州で五十センチの津波があるかも、か。カナダにはべつに影響なさそうだな、……、あ、でもこの前、十一月の日本の津波警報のとき、このフローレスアイランドのインディアン村全体がパニックに陥っちゃったから、一応友達のインディアンのサミーくらいには、北海道と本州の予想高さをメールしとこう。北海道沖の地震で、本州ではもう高さが半分の五十センチになる予想だから(被害が出始める大きさだけど)、はるか太平洋の彼方のこの辺りでは、きっと影響はないと思うよって。

 一時間くらいして、にゃあ(猫)が「散歩に行かにゃい?」と、誘いに来ました。これ、原生林からやってきた野性の猫なんですけどね、「きみ、おもしろい猫だなぁ」
 尻尾をぴょいっ、ぴょいっ、と機嫌よく左右に振り振り先導するにゃあの後ろを歩いていくと、夜空は冷気に澄み渡って、星々が実に美しい。天の川の流れる方向も、星座の位置も、やっぱり夏とはずいぶん違います。でもカシオペア座はさ、相変わらず天の川の中にあるのだな、なんて思いながらお隣のストアの方に歩いていきました。

 ストアのおやじが大音量で付けっぱなしのVHF無線機のやり取りが、外の道まで聞こえてきています。ここのインディアン村アホーザットビレッジでは、各家庭にVHF無線機が設置してあり、スイッチは常時入れっぱなしになっています。そしてよっぽど人に聞かれたくない内容以外は、どんなプライベートなことでも、電話じゃなくって無線で用を済ませてしまいます。
(設置型無線機が無い例外はぼくん()だけで、しかしホステルの宿泊客の交通手段として船と交信しなくてはなりませんから、仕方なく携帯機だけは買いました)

「津波が来るぞ!」
 あ、やってるやってる。へー、情報ゲットに大体一時間くらいだね。
「どの程度の大きさだ? でかいか?」
「でかいぞ!」
 あ、パニクってるパニクってる。
 これさぁ、煽るやつがいるからいけないんだな。また村全体がパニックになっちゃうよ? で、寒い中非難したのに津波は来ない、ていうのが繰り返されると、そのうちみんな麻痺してきちゃって、ホントにやばいときのための危機意識が薄れてくる。常に極力正確な情報を提供する、ということが肝心なのにな。
 まぁ今回はサミーにメールしてあるし、彼が何とか収めるんじゃないのかな? ほっとこう。

 津波の恐ろしさは高さだけじゃないですけどね。通常の波っていうのは、高さはあっても奥行きなしにザブン、と一瞬で終わるわけですが、津波っていうのはこのザ、からブン、までが下手したら何分もかかるかもしれない。高さプラス奥行きの恐るべき水の塊が押し寄せてくるわけです。さらに浅瀬や入り江ではそれが縦に圧し集められて巨大になる。で、またそれが何もかもを引っ掴んで引いていく。

 ストアのおやじはどうしてるかな? と店に顔を出すと、おやじはパソコンでソリティアに夢中になっていました。
「だってカナダ政府が公式に警報を出したわけじゃないから、今から慌てたって無意味だろ?」
 うん、まったくその通りです。ぼくは日本での津波状況にだけ気をつけておこうっと。
 店から出ると、にゃあが「早くぅ。もっと遠くにお散歩しようよ」て。
 そうだね、にゃあが慌ててないなら、津波の心配は要らないね。

 ちなみにその夜インディアン村では、一〇〇フィート(三十メートル超)の津波が来るとの風評が飛んで、村中が戦々恐々、眠れぬ夜を過ごしたのだそうでした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み