第9話 不思議のアホーザット

文字数 2,108文字

 カナダの女流作家マーガレット・クレイヴンの大ベストセラー「I Heard The Owl Call My Name」(邦題「ふくろうが私の名を呼ぶ」片岡義男訳・角川書店)が、一九七三年にゴールデングローブ賞俳優トム・コートニー主演でアメリカのテレビ映画化された作品の中に、とても印象的なシーンがあったので、ちょっとここで紹介してみます。

 劇中のトム・コートニーは牧師さんの役で、彼はバンクーバーの教会から、辺境のインディアンの村に赴任していくことになりました。
 当時はたぶん陸路が通じていなかったのでしょう。むかえに来た村のインディアン青年の小さな漁船で、何日もかけて美しい島々の合間を縫うように航海を続けていきます。

 ある時、牧師が青年に話しかけました。
「村はどのくらいの大きさなんだい?」
 青年は答えようとしません。
「ねぇ、君の村はどのくらいの大きさなのかな?」
「あんたに説明しても、きっと分からない」

 しかし少し躊躇したあと、青年はしぶしぶ話し始めます。
「村はとても大きい。とってもとっても大きいんだ。村には雨がたくさん降るが、その雨は、村だ。梢を渡る風は、村だ。この海も、村だ。昔から伝わるたくさんの伝説、歴史、そのひとつひとつが、村だ。村はこの俺だ。俺自身が村でもある。分かるか」

 絶句し、呆然とする牧師……。
 青年「あんたには分からない」
 どうです、なかなかいい感じでしょう?

 さて、このストーリーの原作では、舞台はカナダ本土の西海岸で、もっと細かく言うと、さらに西のバンクーバーアイランドとの間にあるクイーンシャーロット海峡、そこにあるラボウチェア航路をブロウトン島の裏側へ廻りこみ、複雑に入り組んだリアス式海岸の入り江をカナダ本土側に入り込んでいった奥地にある、キングカムというインディアン村になっています。

 しかしこれの映画化にあたっては、撮影はバンクーバーアイランド西海岸、風光明媚で名高いクレイオクオット海峡の中心部にある、フローレスアイランドという離島が舞台になりました。

 そこはパシフィックリム国立公園外れの有名な観光地トッフィーノと、温泉の川が海に流れ込み、岩場が天然のバスタブを作り出していることでこれまた有名なホットスプリングス・コーブとのちょうど中間で、島の南西の入り江に、カナダ海洋インディアン、ヌー・チャ・ヌルス族の村があります。

 劇中のエピソードや登場人物の設定などは、この村の実在の人たちの話もずいぶんと混ざっているということなので、今、不思議な偶然と紆余曲折の最中とはいえ、ここ数年彼らの地に暮らすことになってしまったぼくにとって、このテレビ映画は、ご近所さんの登場する、とても興味深いものがあるのです。

 ところで、この村のカナダ先住民、海洋インディアン、ヌー・チャ・ヌルス族といえば、旧称ヌートカ族という知名度の非常に高い部族なんかもその一部ですから、多少でもその方面に知識のある人ならば、きっと「すごい」と目を見張るほど、勇猛果敢として知られる、とても大きな部族です。

 彼らの祖先はその昔、バンクーバーアイランド西海岸に散らばる広大な群島地域を、大戦争の末に勝ち取りました。その勢力範囲は、現クレイオクオットサウンドのほとんど全域に渡るほどだったといわれています。彼らはその地をAHOUSAT(アホーザット)と呼びました。

 しかし現在のアホーザットを地図の上で探しますと、フローレスアイランドの南西の入り江の一点にポツンと小さく記されているのみです。そこはアホーザット・ジェネラル・ストアの私有地であり、総合雑貨商店、モーテル、レストラン、船の建造用ドックから製材所、冷凍倉庫やマリンドック(船舶用ガソリンスタンド)まで、このような海洋地域で暮らしていくのに不可欠な、ありとあらゆる生活必需施設が揃ってはいるけれど、人口はよそから来た日本人であるぼくを含めてもたったの七人という、まるっきり小さな小さな一点なのです。

 そして入り江を挟んで外洋に面した半島の付け根にある一点がマーカトシス。実はこのマーカトシスこそが、外部にはほとんど知られてはいないものの、人口約八〇〇人、もしも外界に出ているすべての住民が戻ってくれば、その人口は概算一七〇〇人にもなろうかという、北米でも最大級のインディアン居留地、ヌー・チャ・ヌルス族の正真正銘の本拠地です。まぁ実際のところ、村のインディアンは、白人が作った地図などお構いなしに、自分たちの村をこそ「アホーザット」と呼んでますけど。

 さて、アホーザットのインディアンたちは、漁業や林業で生計を立てている人たちが多いのですが、特に海産物などは日本向けも非常に多いのが面白いところです。インディアンの漁船に積んである箱が「船内で急速冷凍、直輸入“ボタンエビ”」なんて日本語で書いてあったりするんですよね。春の風物詩「子持ち昆布漁」なんかももうすぐですが、いま、村の代表者が商談のため東京に行っていると聞いています。

 こんな日本とも関わり深い、不思議なインディアンの島の生活を、楽しいエピソードを交えながら紹介していきたいと思います。
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