第1話 インディアン超人現る

文字数 2,970文字

 はい、現地特派員のゆきです。

 あとでがっかりされると申し訳ないので、付け加えておくと、男です。
 真冬のカナダ西海岸から、現地インディアンの潮干狩りの模様をお伝えしてしていきたいと思います。

 ざっと場所を説明しちゃいますと、インディアンの本拠地はカナダ西海岸のバンクーバーアイランドのやっぱり西海岸、ちょうど真ん中あたりにおへそのようにぽこんとある、フローレスアイランドという島にあります。

 かなりでかい島ですが、そのほとんどは鬱蒼とした原生林に包まれています。
 
 島の南西の入り江に面して、人口800人ほどのヌー・チャ・ヌルス族(有名なヌートカ族はその一部)というインディアンの村があり、そこが彼らの発進基地であります。
 この地域、あるいは村そのものを指してアホーザットと呼んでいます。

 ぼくはその村と入り江を挟んで対岸にあるアホーザットジェネラルストアの私有地で、ハミングバード・インターナショナル・ホステルという宿屋をやっているのです。(1999年~2007年)

 ちなみに商売をやっている土地と建物が売りに出されちゃいました。
 ピンチです(涙)。
 (※この原稿を書いたのはたしか2002年2月頃。1999年に、ストアの一族にだまされて、ホステルに使わせてもらう約束で1904年築の廃屋をぼくが修復したのですが、完成が近づいた頃には既に約束を無視してFOR SALの広告を打たれていました。……その話はまた別の機会に)

 ところで、去年12月の中頃から、この海域のアサリ漁が始まりました。といっても一回の漁期は4日間で、2週に一回くらい、解禁日があったり無かったりします。

 漁として参加するにはイロイロと制約があるのですが、自家用として潮干狩りをする分には、
 酋長の許可があればべつに問題はなく、酋長も「掘ってエエよ」と言ってくれてるので、漁と漁の間の潮干狩りにピクニック気分で同行することにいたしました。

 お呼びがかかったのは、おりしも氷雨降るクリスマスの夜でした。
「ゆき、ホッケーの練習に行かないか?」 お隣のインディアンが誘いに来ました。
 ホッケー? さすがカナダだな。やったことはないけど承諾しました。
「はい、これホッケーのスティック。それからバケツにランタンね」
 え?

 バケツにランタンって。それにこれホッケースティックじゃなくて、

備中鍬(びっちゅうぐわ)じゃないですか。
「だから練習に行くんだよ。お前、潮干狩りに行きたいって言ってただろ」
 あの、意味わからんし、もう夜8時だし、真っ暗で冷たい雨が降ってますけど……。
「カッパ着ればいいじゃん」
 えええええ?
 潮干狩りって、ピクニック気分で行くもののつもりが、とんでもないことになってしまいました。
 
 カッパを用意している間に、風もびゅんびゅん吹きはじめました。
 こ、これってもしかして「(ストーム)」ていうんじゃ?
 インディアンはお構いなく漁業用の鍋底オープンボートのエンジンをかけています。
 仕方なく乗り込みました。
 30分くらい土砂降りの冷たい雨にうたれながら船に乗ったでしょうか。
 突然、真っ暗闇のビーチにザザザッと音を立てながら船ごと乗り上げました。

 インディアンは碇を投げるや飛び降りて、すぐさまその場を掘りはじめます。
 ビーチはかなりでかい岩もごろごろ転がっている砂利砂利ビーチです。
 
 彼がその粗いビーチにざくりと鍬で一掻きすると、
 お、おおお! 殻長5cm級のアサリ様が10個も15個も転がり出てきました。
 で、でかい。すごい!  ぼくも飛び降りて一掻きします。
 やはり5cm級のが5~6個出てきました。面白い! 
 しばらくは寒さも忘れて夢中になりました。

 ランタンの明かりの届く範囲を一生懸命掘っていきます。
 インディアンは一掻きごとに「ホーリーシット(聖なるうんこ)」などと騒いでいます。見るとあっという間に20リットル入りのバケツが山盛り一杯です。
 えええっ? なんちゅう速さじゃ。

 ぼくだって必死に掘っているのに、まだバケツに半分も溜まっていません。だいいちこのくそ寒いのにインディアンは決して手袋など着用しないので、ぼくも仕方なく素手でやっているため、すでに手がカチカチに凍えています。

 雨はいよいよみぞれに変わってきました。顔に当たるみぞれがいたいです。
 それにしても、いつまでやるつもりなのか見当もつきません。
 もう顔から流れ落ちている液体が、みぞれが溶けた物なのか涙なのか鼻水なのかよだれなのかよく分かんなくなってきました。きっと全部の集合体です。 ああ、この液体をレギオンと呼ぼう……。
 とにかく夢中で掘りました。6cm級のがどどどっと出てくることもあります。

 しかし、ランタンの明かりが届く範囲を除けば真の暗闇。
 みぞれ混じりの真冬のカナダの暴風雨。
 一体自分が何処で何をやっているのかだんだん判断が出来なくなってきました。
 潮干狩りをしているのか、遭難をしているのか、もはやぼくの中では区別がつきません。

 ときどきピンク色のちびシャコなんぞが出てくると、おっ、て思って我に返るけど、も、ホント、いつまでやるつもりやねん。
 ざくざく掘っていると、3cmくらいのウナギの稚魚みたいなのが出てきました。
「これ、ウナギに見えるんですけど」
 と言うと、インディアンは
「だってウナギだもんね」と普通に答えたので、たぶんウナギなんだと思います。
 そうか、ウナギってこんなところで繁殖してるのね。
 なんて、よけいなことやってる暇はありません。
(後に日本人のお客さんに教えてもらったところによると、ギンポという高級魚だったようです) 

 とにかく掘ります、拾います。
 潮が満ちてどーっと水が流れ込んでくるまで、涙の潮干狩りは続きました。
 あっという間にビーチが水没します。
 その間隙を縫って、インディアンはバケツ一杯の牡蠣をパパパッと拾っていました。
 20cmもあるのがごろごろ「転がって」いるんです。
 帰り道は、マジ、ボートが転覆するかと思いました。

 収穫はぼくがやっとバケツに一杯ちょっと。インディアンは山盛り3倍、重さにして70kgは掘っていました。
 こ、この暴風雨の中、恐るべし。

 安全な入り江の中にまで来ると、インディアンが言いました。
「お前、初めてなのに見どころあるじゃん」
 はあ、どうも。
 意地はって一生懸命がんばったからな。
 それにしても、この圧倒的な収穫量の差は、悔しい。

 しかしまさかこのあと、このインディアンの潮干狩り超人師匠から、興が乗るたびに真冬の暴風雨を衝いての鬼の潮干狩り特訓に連れ出されることになろうとは……。

 インディアン、普段は超怠け者なのにあなどれません。
 一日一人平均50~60kgはアサリを掘ってきます。師匠なんか調子いいと100kg近くいきます。
 鍬で普通に掘ってるだけなんですけどね。
 ぼくはしょせん自家用なのですが、どんなにがんばっても今のところ彼らの半分も掘れません。

 冬のカナダの真っ暗闇の暴風雨の中、さんざんつらい思いして半分くらいしか掘れないと、けっこう精神的にこたえます。
 なぜだ? くそ、日本男児として、必ずやつらを破ってやる!

 それはさておき、次は村のインディアンのアサリ漁の模様をレポートします。

 つづく。
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