第61話 母国を知りたい

文字数 2,377文字

 二〇〇七年冬、日本に帰国していたぼくのケイタイに、フローレス島ヌー・チャ・ヌルス族のインディアン・サミーから「政府から賠償金が出たぜ」とメールが来ました。サミーは三万一千ドル貰ったそうです。
 なんじゃそりゃ? て思うでしょ? カナダで働いている人にしてみりゃ、何で俺らの税金がそんなことになってんの? て。 

 まず、白人って、アメリカ大陸を侵略するとき、インディアンたちがあまりにも強くって手に負えないため、天然痘患者の使った毛布を贈り物としてプレゼントして、インディアン人口の九十五%以上を病殺するという、恐るべき細菌戦争を仕掛けてます。
 この時点でインディアンの文化はほぼアウトですよね。  

 そのうえ一八六七年にカナダ自治領が成立するとすぐ、連邦政府は百三十ものインディアンレジデンシャルスクールを設立しました。レジデンシャルスクールを単なる寄宿舎制の学校と捕らえれば、それの何が問題なのかわかりません。が、これは侵略戦争勝者である白人が、侵略された側のインディアンの文化を、根底から完全消去せしめるための、恐るべき謀略政策だったのでした。

 インディアンの子供たちは生まれ育った故郷から強制的に引き離され、生まれた村の文化も習慣も言葉さえもまるで知らず、白人たちの監視下で生活し、白人の召使となるべく教育一色を叩き込まれたといいます。他民族の子供たち全体を隔離閉鎖して洗脳教育してしまおうという、白人による異文化滅殺奴隷化政策です。サティアンですよね、まさにサティアン。
(令和の今、チャイナが現在進行形でこれの模倣をやっていますね。元祖(オリジナル)はどっちなのか分からない、というか、人間の歴史そのものなのかもしれませんけど)

 ポトラッチなどのインディアンの儀式のとき、長老たちがインディアン語でその部族の歴史や伝説などを語る場面があるものですが、フローレス島ヌー・チャ・ヌルス族のポトラッチに初めて招待されたとき、ぼくの隣に座っていた四十代くらいのインディアンのおばちゃんに「今、長老、なんて言ったの?」と尋ねたら、困ったように悲しいように「あれは私たちの言葉。でも……私にはもう……わからない」と答えたことを、いまさらのように重い事実としてショックを受けてしまいました。

 ぼくね、レジデンシャルスクールってそんなすごい虐待的な歴史の産物だって知らなかったものですから、同年代のインディアンのサミーが原告の一人としてジェネラルストアのヒューじじい(白人)に裁判の話をしているとき、横からからかっちゃったんですよね。
「原告であるってことは……、サミー、お尻、突っつかれちゃってるってこと? ぎゃっははは」
 なんて。よく怒らないでいてくれたなぁ。ごめんなさいね。まぁみんな、ぼくもカナダでは白人たちに散々人種差別の屈辱をなめさせられてるの知ってるからね。同士扱いしてくれてたんだろうなぁ。

 白人で、島の物資燃料すべてを牛耳って、長年インディアンたちに屈辱を与え続けているヒューじじいにレジデンシャルスクールの裁判の話をふったというのは、サミーからすればかなりの危険を冒しての、戦いを挑んだに等しい行為だったに違いないのに、ぼくにはそのとき、その勇気がわからなかった。
 友達なのに……、もうしわけない(ヒューじじいは、ちょっとカチンときたら、不条理な販売拒否、ガソリンも食料も一切の物資シャットアウトなど、平気でやる人間ですから)。

 でも、とにかくとりあえず、このレジデンシャルスクール問題に関しては賠償金が出たということで、文化抹殺や肉体的虐待、精神的虐待、受けた仕打ちは金に換算できるものではないけれど、まぁ何もないよりはよかったのかな。でもいくらであろうと、金で取り返しが付く問題では無いか。納得できる額でもないしな。

 しかしさ、こういうのを見ると、日本の現状はどうなっちゃってるんだろうかと疑問に思います。ぼくたちは言語はかろうじて日本語をしゃべってますけどね、文化は根底のところでアメリカに抹殺された後なのではないのかな。

 昭和五十年代、戦後三十年経った頃のぼくの小学生時代には、日本は戦争に負けてよかった、と口に出す同級生が実に多かったものでした。どう考えたって国際法違反の数々の都市空襲および原爆投下による民間人の大虐殺。東京裁判。戦勝国による憲法押し付け。化繊の洋服を日本人に売りつけるための麻の着物禁止や八千点近い書物の焚書。そういう話を聞いても、(なお)です。
 令和の今になっていろいろ情報が漏れ出てきてはいるけれど、やっぱり日本はアメリカの奴隷化政策に、完全に塗りつぶされているのだろうなぁ、と思います。ぼくだってマック大好きだしな。
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※ 今更ながら登場した人たちの血筋関係を整理しておくと、ストアのおやじヒュー・クラークはかつてホットスプリングス・コーブを支配していたクラーク家の長男で、フローレス島アホーザットを支配している白人です。息子のキースはインディアンである亡くなったヒューの奥さんの連れ子であるため純粋なインディアン。キースの奥さんもインディアンだからアリッサたちキースの子供たちはインディアン。
 キースの下にスティーブン(未登場)とアイリスの弟妹がいるが、この二人はヒューの子だから白人とインディアンのハーフ。アイリスの子のタイラーとシャルビィは白人のトミーの子だからクオーター。
 この地域では子連れの再婚、養子縁組、離婚再婚、親子ほどの年齢差での再婚離婚など頻繁なので、いったい誰が誰の家族で誰の子なのか、とか、とっても複雑。
 そしてなぜここになんの縁もゆかりも無いはずの日本人であるぼくが関わってくるのかというお話は、……それはまた別の機会に……。
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