第33話 なんてったって、ハミングバード

文字数 1,579文字

 四月の五日六日と、フローレスアイランドではすごいストームが吹き荒れて、五日の午後八時頃から六日の夕方五時頃まで、この界隈は停電でした。

 こういうとき我が家はもともと薪で焚くストーブしかないので、地域全体が凍えているときでも、うちだけはいつもと変わらずポッカポカ、というありがたい恩恵にあずかることができます。普段、スイッチポン、ですべてが片付く生活じゃないのはつらいけど、ちょっとだけ報われたような気になる瞬間が嵐の夜です。

 そんな嵐の日でも、ハチドリたちは元気に我が家の窓辺にやってきます。体重わずか3gにも満たない体で、突風にあおられることもなく、一直線に風を切り裂いて窓辺のフィーダーに飛んでくるのですから、実にたいしたものだと感心します。犬夜叉ばりに、風の傷でも読めるのかしらん。

 さて、七日は日が差したかと思うと雨が降ったりまた晴れたり、天気がまだ安定していなかったのですが、八日は非常にいい天気で暖かでした。嵐の後ですから、めんどくさいけど家の裏のジャングルへ、ハイキングトレイルの点検をしに行きました。すると頭上から「クワ、クワ、クワ、クワ」と渡りの(がん)の大合唱が聞こえてきました。V字型の糸くずのような飛行編隊が、深い森の隙間から垣間(かいま)見える青空を、北へ向かって飛んで行きます。

 「カリが北へ飛んでいかぁ」
 ん! 時計を見ました。家を出てから約二時間。頭上には雁の編隊。
 “引き返さなくちゃ!!”
 心の声が叫びました。
 “急げ、急げ”
 ゴリ江のようにつぶやきながら、飛ぶようにして森を駆け抜け、我が家にたどり着きました。

「わぁ、やっぱり」
 窓辺がとんでもない数のハチドリの大群で覆い尽くされ、砂糖水のボトルはすっからかんです。
 科学的に証明されているわけではないんですけど、ハチドリたちは渡りの雁の背中をヒッチハイクして移動している、と信じている人たちは多いのです。

 あんな小さい体でメキシコあたりとアラスカとを行ったり来たりするんですからね、そう信じたくなるのも無理はありません。雁の背中に乗って旅をするハチドリなんて、想像するだけで楽しくなるしね。夢があります。

 ぼくはハチドリの雁ヒッチハイク説を頭から信じているわけではないのですが、雁の群れが春先に北へ向かって頭上を通過する頃最初のハチドリが姿を見せ、お盆過ぎに雁が南へ向かう頃に最後のハチドリが姿を消す、確かにそういうタイミングで物事が動いているのは実体験として感じているので、こんな春浅いうちに雁の群れが頭上を飛ぶ日は、たくさんの新顔のハチドリたちの到来に備えて、甘い砂糖水をいっぱい用意するのです。

 ボトルが空になってからどのくらいたつのか、ハチドリたちはピーチクパーチク、パニック状態になっていました。
「はいはい、今、砂糖水あげるあげる」

 ぼくが砂糖水のボトルを吊るすのを待ちきれなくて、窓を開けたとたんに、ハチドリたちはぼくが手に持ったボトルの回りをホバリングしながら取り囲みます。これが、彼らの羽ばたきが起こす風で結構寒いんですよねぇ。一秒間に六十回だか八十回だか羽ばたくんですから、凄いもんです。
 「あー、邪魔邪魔。あー、寒い寒い」

 ふぅ。昨日は砂糖水が一リットルなくなりましたが、今日は一・五リットル行っちゃいました。とにかく日に日にハチドリの数が増えていきます。砂糖代だって馬鹿になりません。こんな離島だと砂糖の値段も、バンクーバーのスーパーで安売りしているときと比べれば倍くらいしちゃうっていうのに、毎年一夏で七十キログラムも使います。

 でもね、どんどんハチドリの数が増えて、砂糖水いっぱいいっぱい飲んでくれると、それが嬉しいんですよねぇ。ああ昨日はどれだけ飲んだ、今日はどれだけ飲んだ、って数えるのが実に楽しいのです。それだけが楽しみでここにいるって気さえします。
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