第55話 スモーレスラーが来る

文字数 2,335文字

 二〇〇〇年、春。
「今日、村にスモーレスラーのグランドチャンピオンが来るらしいぜ」
 アホーザットジェネラルストアのオーナーおやじ、ヒュー・クラークじいさんが話しかけてきました。
 へーほんとー。びっくり。でも、相撲のグランドチャンピオンって、いったいどういうことだろう? 先場所優勝者? 優勝経験者? 横綱? 大関? んで、誰が来んの?
「名前までは知らねぇ。テレビ番組の撮影だって聞いたぜ」
 テレビか。へぇ、こんなカナダ人さえろくに知らない辺境の地へ、日本のテレビ番組が相撲のグランドチャンピオン、連れて来るんか。

 でも今どき日本人って、どんな僻地にだって必ずいますよね。南極だろうが、チベットの奥地だろうが……。しかもみんな組織からの派遣とかじゃなくって、個人的にぶらぶらとね。
 日本人ってスゲーな。……なんて聞いているぼくも日本人だし、このカナダ・バンクーバーアイランド太平洋岸、秘境クレイオクオットサウンド中腹にある離島フローレスアイランドで、バックパッカーズホステルの経営を一人でやってるんですけどね。

 しかし、ふーん、入り江の向こうのインディアン居留地にお相撲さんが来るですか。どういう趣旨の番組なのかな。いったい誰が来るんだろう。テレビの旅ものなら、小錦だったらいいけどな。ハワイの人だからインディアン村との先住民繋がりで来るのかもしれないし、英語はもちろん喋れるし、小錦って冗談も面白いもんね。

 撮影隊は我が家の前の入り江を必ず通るだろうから、それが見えたら着いて行けばいいや、と思ってたら、それこそ撮影用に、外海に面した砂浜で、祈祷師スタンレイ・サム長老が出迎えの祈祷を行なって、村の若い衆がカヌーで客人を迎えに行って、客人が波に濡れないように慎重に村に招きいれる、という儀式をやったとのことでした。
 ちぇっ、そのシーン、見逃しちゃったよ(後で日本から友達が送ってくれたビデオで見ました)。
 それでいったい誰が来たのかなぁ? ストアのおやじがここの土地をスモーレスラーに売りつけてこいとうるさいし、ぼくも野次馬根性を出して見物に行きました。

 インディアン村、小学校の体育館に人が集まっているようです。
 んー、でもそれほど見物人が多くもない。目立って大きい人もいないなぁ。マリー長老の息子のマリージュニアが一番でかいな。あれ? おかしいな、誰が来てんの?
「フジシマだってよ。ユキ、知ってるか?」
 フジシマ? 知らなーい。
 でも、ありゃ? この人? 若乃花じゃない。引退記念旅行? へぇ、引退したんだ。それで今は藤島親方って名前になったの? へぇ、そうなんだ。

 インディアンの民族衣装を着た子供たちがぞろぞろ出てきて、歓迎のダンスを踊ります。藤島親方、すっごい嫌そうな顔して態度悪っ。ま、確かに退屈だけどね~。
 そして次の出し物。子供たちが、ドリフみたいな肉だるだる相撲着ぐるみを着て、どたどたと入ってきました。うわー、なんて(みにく)い姿。見物人大爆笑。
 これ(ひど)い。だれ? こんな演出したの。て、もちろん日本のテレビのスタッフだよねぇ。わざわざ日本からこんな着ぐるみ持ってきて。
 相撲って、日本の国技だぞ。それ以前に神道の神事だぞ。それゆえに土俵は注連縄で丸く仕切られ、相撲の最高位は大関で、それよりさらに強いものは神が宿っているからだという意味で、横綱は注連縄を腰に巻いているのだ。それをわざわざインディアンの国に来て笑いものにするとは何事か。名〇〇テレビか……、ん~ガンダム。いやガッデム。
 若乃花は怒ってないんか? 

「さて、グランドチャンピオンに相撲を教えてもらいましょう」
 若乃花(藤島親方)、相撲なんて見たことも聞いたこともないインディアンの子供たちに、身振り手振り(&日本語)で相撲を教えます。見合って、両手を突いて、立ち上がって、「額と額を思い切りぶつけ合って、まずその頭突きで相手をブチのめす」
 さぁやれ、って、ええ? マジ? 身振りでなんとなく分かったけど、通訳を聞いた見物人たちからは0h(オゥ)というどよめきが。今の今まで、はちきれんばかりにニッコニコ笑顔だった子供たちも、顔色がサーって蒼ざめていっちゃって、かっわいそ~。
 ははは、やっぱり若乃花、怒ってたんか? それとも、バカ?

 後日、友達が日本からビデオを送ってきてくれたので、インディアンの村役場でみんなで見ることになりました。
 お、若乃花が村にやってくるシーンが始まりました。この儀式のところ、見たかったんだぁ。
 一応テレビ的には「親方一人旅」という設定です。ですから若乃花が自分でモーターボートを運転し、フローレス島の海にやってきて、そこへインディアンの若者たちがカヌーで迎えに来るというシチュエーション。
 若乃花、一人っきりでボートの上に取り残されて……て仕方ないよね。そこへこれまたテレビの撮影だってんで、緊張しまくりでおっそろしい形相をしたインディアンの若者たちが、カヌーでどんどん近づいて来ます。お、若乃花、びびってるびびってる。思わず撮影隊の船に向かって、「英語通じるんですかー!?」て叫んでやんの。

「今、彼なんて言ったの?」
 は? ぼくの隣でビデオを見ていたおばあちゃんに聞かれました。あわわ、あわわわ、なんて答えよう。そのまんま言ったら、これ、侮辱だととられやしないか?
「英語通じるのか? て言ったの」
 うわー、とっさにうまいこと言えなかったよー。
 ゲラゲラゲラ!
 一同大爆笑。
「英語通じないの、こいつじゃんかよ、ゲラゲラ」
 あー、笑ってくれて助かりました。冷や汗かいた。

 「将来この村から大相撲の新弟子が出るかも……」
 て、ナレーションのオグちゃん、それは無いねぇ。
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