第28話 イクラちゃん、美味しいのに

文字数 1,703文字

 インディアンって、蒙古斑あるの知ってましたか?  あるんすよ、インディアンにも蒙古斑。小さい子のお尻、青いんです。
 顔付きは似てる似てると思ってましたが、蒙古斑まであるんじゃ、まさしくぼくたちは同じ人種系「モンゴロイド」なんだな、と確信できます。

 そしてまた、ぼくが住むBC州フローレスアイランドと言えば、日本からやってくる黒潮の通り道みたいなものですから、同じ太平洋だし、日本で見られる海産物は、そっくりそのままがわんさとあります。必然、食生活も似た部分が多くなってくるわけですね。

 同じ物食べるって、仲良くなるのに、とっても大事なことだと思います。
 村の桟橋なんかに行くと、よくインディアンのおばぁちゃんなんかが、ウニを割って、海水ですすいで食べてるとこなんかに出っくわします。

「あらユキ、ウニ食べる?」
 なんて、しょっちゅうおすそ分けにあずかってるんですけど、これが白人だったら絶対に食いっこない、ていうか、食べてもゲテモノ扱いで、べつに喜んで食べてるわけじゃないですから、インディアンだって白人相手にはわざわざ自分が美味しいと思って食べているウニをあげたりなんかはしやしません。

 しかしやっぱりここのインディアンたちも、言葉だってもうすっかり英語オンリーになっちゃってて白人文化に席巻されてるからでしょうかね、イクラ、タコ、イカ、なんかをぜんぜん食べないのはもったいない。

 タコ、イカ、なんてのはわざわざ獲らなければならないからめんどくさい、てんなら、それはじゃあ、いいですよ。でもイクラはさ、サーモンは年間を通してとんでもない量の収穫をするわけで、秋なんか備蓄食料用スモークサーモンのために一日何千匹も水揚げがあるわけで、半分オスで半分メスとして、で、一腹に1パウンド(四五三g)はイクラが入っているとして、うわぁ、もんのすんごい量なんだけどなぁ。全部海洋投棄です。

 でも昔は彼らもイクラを魚の浮き袋かなんかに詰めて、チーズ状に醗酵させたものを食べていたそうなんです。これが鼻の曲がりそうなほどとんでもない匂いだったそうですが、一度ハマったらハマっちゃう。チーズとかクサヤとか納豆とかドリアンとか、臭いけどハマっちゃう系はまぁいろいろありますよね。ちょっと試してみたい気持ちはあるんですけど、今その食文化はほぼ消滅しちゃったみたいです。

 今年の夏は十パウンドを超える大きなコーホー(銀鮭)がパカパカと簡単に釣れたので、ヌー・チャ・ヌルス族のアーティストで、トーテムポールを制作中のジョージ・ジョンに、一匹大きいところをおすそ分けに行ったことがありました。その時、鮭のお腹にイクラ(筋子)も入っていたので、ジョージが食べないなら持って帰ろうと思って聞いたら「食べる」と言ったので、まぁ、今でもまるで全然食べない、というわけではないんだな、ということはわかりました。

「どうやって食べんの?」と聞いたら、筋子に小麦粉をまぶして、パンケーキのようにフライパンで軽く焼くのだそうでした。
「日本人て、これ、生で食うんだろ?」
 それはとんでもない、という話。

 十月に入ってイクラの粒がすばらしく大きくなってきたころ、いつもカニや松茸なんかを持ってきてくれるサミーが、筋子のでーっかい塊をくれました。去年高校を卒業したサミーの息子のカイルが、「生で食べるとこ、見せてくれ」と興味津々に言うんですが、そんな、いま腹から出したばっかりの筋子にかぶりつくのはさすがにいやだなぁ。一粒二粒食べて見せて、あとはイクラにばらして醤油で一晩漬け込むことにしました。

 翌日、嫌がるサミーに味付けしたイクラを無理矢理すすめると、彼は周りにいた他のインディアンたちに「食べるの怖いのかよ、意気地なしめ」と煽られて、仕方なく一口だけ食べました。でもそれからさき別れるまで、表情は能面のように固まったままでした。

 ははは、気持ちは分かる。ゲテモノと思ってる、しかも生ものを始めて食べさせられたなら、びびって固まっちゃうのも無理ないもんね。
 サミー、ごめん、味なんかわかりっこなかったよね。
 うん、あれはちょっと気の毒だったですかねぇ。
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