第40話 のんびりのんびりい~いかげんのんびり

文字数 3,840文字

 今年は十月に入った途端に雨の日ばかりです。ストームが吹き荒れる日も多く、ハイキングや釣りに行こうと楽しみにしていた計画はすべてあきらめました。
 ま、それはそれで、のんびりしていればいいや、とぐうたら生活をはじめました。するとしばらくして、湿疹があちこちに出てきてどうしてもひかず、辛いので、インディアン村の診療所に行ってきました。

 十月十八日火曜日。
 診療所に向かう坂の途中で、顔見知りのインディアンたちが、ひっきりなしに声をかけてきます。
「ユキ、珍しいな、病気か?」
「なんかアレルギーにかかったらしくて、湿疹が出て困ってるんです」
 そう言うと、インディアンの一人が、無言で道端を凝視し始めました。そしてある草を見つけて引きちぎると、手のひらですり合わせてどろどろに砕いて見せてくれました。
 「これ、インディアンの薬ね。湿疹によく効くね」

 そこへまた別のグループが通りかかると、今度は彼らの一人が怒り出しました。
「おいおいおいおい! よそ者に勝手にインディアンの薬を教えるんじゃねぇよ! おい、ユキ! お前、インディアンの秘密を知っちまってどうしてくれるんだよ」
 なんだよ、めんどくさいな。
「ん? じゃあさ、ぼくもインディアンになるよ」
 彼はちょっと絶句した後「そうか、この草だ」と、薬の草をもう一掴みとってくれました。

 フローレスアイランドのインディアン村の診療所には、週三回、バンクーバーアイランドのトッフィーノから、水上飛行機で白人のドクターが来てくれます。一通り診察したあと、お医者に渡された検査容器の入れ物を見てびびりました。オレンジ色の地に、中心に黒い車のハンドルみたいなマークがあって、その上と左右斜め下に向かって大クワガタのあごが突き出しているような、けっこうそれなりに禍々(まがまが)しい雰囲気のやばそうなエンブレム。

 こ、こ、こ、これは、「バイオハザード!?」
 エボラ出血熱を描いたノンフィクション「ホット・ゾーン」の中でしか知らなかった、微生物災害に対処する危険任務の特殊なシンボルマークをこの手にするとは!
 わ、わ、わ、わたしは、、、だ、だ、だ、だいじょうぶなのでしょうか?

 てね、ギョウチュウ検査みたいです、ただの。
 猫ちゃんと一緒に釣りたてのカサゴやタラやカレイの刺身、インディアンと一緒にウニ、牡蠣、アサリなどの生食をいっぱいしたので、「寄生虫症」を疑われているのです(インディアンがアサリを獲ったその場で生で食べるのにはびっくりしました)。
 とりあえずステロイド剤(錠剤)を処方され、「オリンピックに出たらあかんよ」と言われました。
「それと血液検査したいから、トッフィーノの病院で採血するように」

 十一月三日木曜日。
 検体提出後、あまりの痒みに気が狂いそうになりながら待ちに待ち、耐えに耐えること二週間。その日は明け方のストームの影響で、お昼過ぎまで停電でした。まだ暴風雨吹き荒れる中、十二時の予約で血液検査と検便の結果を聞きに診療所へ行きました。

 十一時半から開いているはずが、誰もいない。停電だから誰も働かないのか? 平日なのに学校もお休み。診療所の屋根は張り出しが小さく、外にいるとずぶ濡れになってしまいます。昼飯時に誰かのうちに非難するのも図々しいから嫌だし、困りました。

 しばらくすると診療所の受付のおばさんが来ました。十二時半じゃん、一時間遅いよ。
「ドクターはプリティシュア(絶対に、間違いなく)来ないわよ、停電だもん」と言う。
 でもどうせ雨が弱くなるか、昼飯が終わるせめて一時頃までは非難していたかったので中で待っていると、やがて電気が復活しました。ちょうど頭上を通過している、きっとドクターを乗せているのであろう水上飛行機の音も聞こえてきて、しばらくするとドクターが来ました。

 検査結果は?
「プリティシュア、アレルギーテストの紙渡したはずだけど、この紙に見覚えない?」
 あんたたちのプリティシュアはもういいよ。
「貰ってませんよ」
 アレルギーテストの紙、くれるの忘れてたのね。検便で寄生虫症の疑いは晴れたとはいえ、血液検査やり直し。二週間、待ちぼうけ、無駄!

「じゃあ、もう一回血液検査ね。またトッフィーノまで行って採血してきて。結果は二週間後。それからその二週間の間、シーフード、大豆製品(醤油、味噌含む)、ナッツ、乳製品、小麦、卵、ベリー類、トマト、みんな食べないで様子を見ること。プリティシュア、これらの中にアレルギーの原因があるはずだから」

 ふーざーけー、っないでよー!
 早速サミーの家に行ってクッキー食べて、うちに帰って小麦粉と卵でパンケーキ作って、バターとベリーのゼリーをたっぷり使って、牛乳を飲んで、魚のスープを飲んでやった。
 カナダ人の言うプリティシュアなんか聞いてられるか!

 その後、相変わらず湿疹で苦しんでいるので、最近の感心はその原因究明一本に絞られています。
 そういえば子供の頃、五つ年上の兄がよく蕁麻疹を出してました。
 小学校六年生のときから家の中で犬を飼い始め、その後中学の三年間と、家を出て一人暮らしをはじめた高校生活の最初の一年は、常に鼻水がずるずるで、かなり辛い日々を過ごしていました。
 二十一才のとき、犬の毛がものすごかったバイト先から借りてきた布団で寝ていて、初めて今のようなひどい湿疹が出ました。

  そして二年前の冬、しばらくバンクーバーの知人宅に居候していたとき、ほぼ十五年ぶりに、過去を思い出して思わず身震いしてしまうような恐ろしい湿疹が再発しました。そのとき診てもらった日本語をしゃべるドクターの見立てでは「怠け者になる病気です」という衝撃の診断。

「怠け者になる」のが症状のひとつとして観察されている病気を疑われていたということではあるのですが、そりゃあバンクーバーにいるときは休業中ですから事実ぐうたら生活をしてはいました。が、朝から晩まで駆けずり回って何もかも一人で一生懸命ビジネスを立ち上げてきた私にとっては、あまりと言えばあまりのお言葉。

 むううう、と唸りつつ、ドクターが言うこの病気の症状から自分で調べた結果(医者は病名は言ってくれなかったのだ)、「橋本病」を疑っているのだと見当をつけました。
  ぼくは今までこのような状態になったときの環境を考えに考え抜いた末に「犬アレルギー」の可能性をドクターに進言しました(バンクーバーの知人宅は犬や猫が室内飼い。二十一のときの話もしました)。

 しかしそれをドクターは一切取り合ってくれず、一生飲みつづけなければならないホルモン剤を飲めと言う(橋本病は甲状腺ホルモンが出すぎるから起こる。ちなみに甲状腺ホルモンが少なすぎるのがバセドウ氏病)。
 ぼくはアレルゲンから離れれば解決する、という自分が出した結論のほうを信じて、薬は買わず、フローレスアイランドに戻りました。
 そしたらやっぱり、しばらくしたら直っちゃった。

 さぁそれが今回こっちで再発したので困ったのです。
 とにかく今度こそ血液検査で原因が特定されるのを心待ちにしていました。

 十一月二十九日火曜日。
 今日、ようやくアレルギー検査の結果を聞いてきました。
 犬アレルギーだそうです。
 やっぱり……。
 今思えばですが、その頃、一人暮らしだったストアのおやじが寂しがって毎晩ぼくを夕飯に誘うので、断りきれずに毎晩、数年前まで大型犬がいたおやじの家のダイニングで食事をしていたので、それでぼくの免疫が崩壊してしまったのでしょう。

 白血球のレベルがかなり低いので、医者はもう一度血液検査をして来いと言います。すぐにトッフィーノの病院に行って採血を受けろ、と。
 でもさ、トッフィーノまで往復の船代三十二ドル。ちょっと血を採るためだけに行かされることこれで三回目、計九十六ドル? なんか非常に釈然としません。

「用事で今週末からバンクーバーに行くのでそっちでしちゃだめ?」
 と言うと、じゃあ今ここで採ろう、と言います。
 最初からそうしてくれればいいのに!
 でも、トッフィーノに行けと言った理由がすぐにわかりました。

 ぼくの血管は太いので、日本ではベテランの看護婦(師)さんがぼくの血管を見ると、ぼくを待たせて新米看護婦(師)を呼んできて練習に使わせる、なんてことも何度かあったくらい、採血用の太い注射針でも刺しやすいのです。
 なのにここのお医者、針、刺しちゃってから、「あ」なんてためらって抜くんだもん。「タフな皮膚だね~」だって。びっくりした、、、ていうか、針刺してから抜くかぁ? ふつう。あーきーれーたー。で、すぐそばにまた刺して、、、あー、息、止まった! すっごい恐かったです。
 穴、二つあきました。天才バカボンのおまわりさんの目ん玉か、ガミラスとイスカンダルの双子惑星みたいな、ピーナッツ型に繋がった穴、あきました。そんなんありかよ、て感じです。

 採った血の一部を顕微鏡で見るためのガラス板に移して標本(プレパラート)を作る作業。ほんのわずかな血液でいいのに、ぼたって垂らしちゃった。また「あ」て。とりあえずガラス板に伸ばしてみたけど、多すぎだっちゅうの(死語?)。べちょべちょ。やり直し。ホントあーきーれーたー。

 こんな医者でも「橋本病」だと言い張って、一生モノのホルモン剤を飲ませようとしたバンクーバーの医者よりも頼りになりそうなのだから、カナダというところは恐ろしいところです。(医療ミスの頻度二〇%とか……)
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