第24話 夜光虫……光陰矢の如し

文字数 1,728文字

  ♪さぁさぁのぉはぁさーらさら~……。
 はぁ、もう今年(二〇〇四年)も七月七日になりますかぁ。
 ロマンチックに天の川でも眺めますかな。

 て、ありゃ? 天気良くないや。ここフローレスアイランドでは、いつも天の川もよ~く見えるんですけどね、曇ってるんじゃしょうがないです。しかしあれですね、七月七日って、天気悪いときが多くないですか? まぁぼくが生まれ育った東京は杉並区での空の話なんですが、子供心に七月七日はいつも雨……て印象があります。そう、杉並でもぼくがまだ幼児の頃(令和三年からすると五十年くらい前。昭和四十年代)は、天の川もちゃんと見えてたんですけどねぇ。

 ま、どっちみちですね、七月七日に天の川が見えたところで、ぼくにはどれが織り姫でどれが彦星なのかまったく分かっていませんから、その日だけの特別さってものが、こうググッと迫ってくる訳じゃありません。
 しかしボートの様子を見に真夜中の桟橋に降りたついでにせっかく七夕だと気が付いたので、天の川が見えないとなったら、これがまた見たくなる。

 ふーん……、曇りね……、ま、見上げてダメなら、んじゃ下を見てごらん、かな?
 ふふふ、こう、ボートのオールを海中深く挿入してですね……「えーい」。
 サーッと動かしてやったオールの周辺、水流が起きたその全体が、無数の星くずをちりばめたようにキラキラと光り輝きました。いえ、ちりばめたというのは違いますか。そんな密度でなく、あ、黒い革張りソファーの上に砂糖壺ぶちまけちゃった! くらいめちゃくちゃ濃密に光りますから。

 しかし、かー、これ、すっごいきれい!
 何? ってこれね、夜光虫です。海中のプランクトンが、刺激を受けて光るんです。
 ぼくんちの前の入り江では、暗いときならほぼいつでも夜光虫が見られます。今まで大して気にも留めていなかったので、冬も見られるかどうかは定かじゃありませんけど、今年四月八日に「夜、ふ、と思い立って、海の水をばちゃばちゃやってみたらキラキラ光る。ここ、夜光虫って年中無休で居るのかしらん」なんてメールを日本の友達に送っているので、少なくともそんなまだかなり寒い時期でも見られるというのは確かです。

 これが朔(サク)の日(新月で月が見えない日)なんかに、深夜、ボートに乗るとまた素晴らしいんです。
 うちの前の入り江は船さえ通らなければまるで波が立ちませんから、夜の真っ暗な海面は完全なる鏡と化して、空一面にうじゃーっと見える星々をまるきりそのまま映し出します。もうそれだけで、三六〇度星の海に囲まれたそれだけで、ともすると平衡感覚はどっかへすっ飛び、意識が宇宙に吸い込まれそうになっちゃいます。
 
 そしてそんな中をボートで海面を切り裂いて走れば、はじける波しぶきが無限の夜光虫でキラキラと輝き、暗闇と光の洪水のなか、まさに至福の瞬間(とき)が味わえるのです(ホントはどちらかというと、波など立てずに、ただ星の海の中に浮いているだけの方が好きですけどね)。

「夜光虫」ってインターネットで検索してみました。すると「水温二十八~三十二度、塩分濃度は二・八~三・二%(薄目)」でよく繁殖するとありました。
 ふーん、まぁ塩分濃度は、入り江の奧にドッグサーモンも産卵に来る小川があるから、「波が無く、真水が海水の上をうっすらと覆うとき、大発生することがある」という夜光虫の好みの条件に当てはまっているようです。

 でも水温はあれですね、全然違います。四月初旬の超冷たい夜でもいっつも必ず見られたので、けっこう冷たくっても平気みたい。
 日本では隠岐の島の住民でも滅多に見られないという夜光虫を、毎日当たり前に見ているぼくはラッキー? でも実は、高校生の頃、千葉・館山に臨海学校に行ったとき、夜の波打ち際が無数の光で溢れていたのを覚えているから、夜光虫って、何処でも普通に見られるものかと思っていました。でもそれも考えてみたら二十年以上も昔か……。うえ! 二十年? もうそんなに経っちゃったのかぁ!

(ちなみに夜光虫は、次の冬からは意識して毎晩確かめるようになり、すると真冬の雪がシャーベット状に海面に積もるような気温水温でも、毎日普通に見られることがわかりました)
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