第54話 不思議ちゃん御一行様来島

文字数 2,605文字

 もう何年も前になりますけど、ここフローレスアイランドのインディアン居留地アホーザットに、酋長に頼まれて仕事できた、なんていう、霊能者御一行様が来たことがありました。

 霊能者(自称)の日本人のおばはんは、プレアデスと日本神界と、あとどっかからお告げが来るんだとか言っていました。
 やたらプレアデスプレアデスと連呼するので、ぼかぁ、日本人なら日本語でその星団のことは(すばる)って言えや! と、内心イラっときていました。それに昴っていう響きの方がカッコよくっていいじゃねぇかよ、男一匹荒野を行く……、って感じで、と思ってたんですけど、そういう路線で話を進めていくうち、なんだかぜ~んぜん話が噛み合わないので、おばはん、どうやら、プレアデス星団と昴って、同じ天体だってわかっていなかったということが判明しました。あはは(苦笑)。

 おばはんが言い出しました。
「夕べ酋長が部屋に来たよね」
「そうそうそうそう」と、御一行様みんなで相槌を打つ。
「部屋をノックするから、ドアを開けたら、すごい正装をした酋長が立ってたよね」
「そうそうそうそう」
「ものすごく立派な羽飾りの被り物しててさ、よっぽど偉い酋長なんだろうね、羽飾りが足の先よりも何メートルもずっと長く続いてたよね」
「そうそうそうそう」
 一人が何か言うと、周りみんなで「そうそうそうそう」と相槌を打ち、それに誰かが尾ひれを付けて、またみんなで「そうそうそうそう」。

 しかし、え? 酋長がこのハミングバードホステルに来た? この人たちがチェックインしてからずっと受付に座っていたぼくが、まるで気が付かなかったタイミングで? そんなばかな。
「酋長って、誰が来たんですか? 名前は?」
 酋長っていうのは英語でいう「チーフ」に置き換えると、日本人にも職場等でぐっとなじみの深い単語になってきますが、つまるところその場の(おさ)のことですから、インディアンの言うチーフは、日本的に言い換えると、部族全体の長というよりは、何々一族の本家の当主って感じのほうがあっていると思います。だからですね、もちろん村全体の村長さん的チーフもいるわけですが、その人はたくさんいる別々の家系の本家当主の一人なわけで、村の中には、その他にもたくさんの家の本家当主、たくさんの酋長(チーフ)たちがいるのです。

「誰って、名前なんか失礼で聞けなかったわよねぇ」
 名前聞くのが失礼? でもそれなら、自分から名乗れば相手も名乗るだろう?
 しかしこの人たちとはぜんぜん話が噛み合わない。ぼくには「何のこっちゃ?」とまるで分からず、途方にくれるばかりです。でもね、イライラしながらもハッとひらめきました。
「もしかして霊? 霊の(はなし)してるんですか!?」
 霊かよ! ふざけないでよ! 霊なら霊でもかまわないけど、最初から霊って単語を省いて話されたら、なんのことやらわからんだろう!

 しかしね、インディアンの酋長っていったら、みんながみんな羽飾りの被り物してると思ってんだなぁ、この人たち。それアパッチ族とか、ほんの一部の部族の正装、てか祭礼用ね。インディアン、イコール、侍ジャイアンツのウルフチーフのイメージしか持ってないんでしょ、年代的に。ぼくも以前はそうだったけど。でもさ、実際、インディアンの文化は、(もちろん)何百もあるだろう部族ごとに多種多様なんですから、例えばこの海域をつかさどる偉大な酋長が羽飾りの被り物姿で来た、て言われても、それはさ、ちょんまげ結って紋付袴姿の酋長が来た、てのと同じくらい違和感満載の、有り得ない話なんですけどね。

 なんかこの人達の話って、一時期インターネットでよく見たシャンプーの宣伝(コマーシャル)みたいです。
「インディアンはみんな髪ふさふさ。秘密はサボテンのエキスで髪を手入れしているから。サボテンのエキスが入っているこのシャンプーを使えばハゲにならない」
 て、あれインディアンの住んでるとこにはどこにでもサボテンが生えてると思ってんだな。日本はどこからでも富士山が見えて、みんなちょんまげしてて寿司食ってて、女はゲイシャだと思っている外国人と同じです。まったく、(アニメ)シンプソンズかよ。

「夕べここの大酋長が、この土地の霊を鎮めてほしいとお願いに来たんですよ」
 はあ?
「ここで昔大きな戦争があったとか、そういう話はないですか?」
「昔は領土の取り合いで、他の部族との大戦争とか、あったみたいですけど?」
「ああ、それだぁ! それでそのときの霊たちがまだ迷ったままだから、どうか安らかにさせてやってくれ、と私にお願いに来たんです」

 ああ、それだぁ、って、こっちにしゃべらせといてから、それだ、って言われてもなぁ。これ、コールドリーディングっていう詐欺テクニックじゃなかったっけ? レベルはお粗末ですけどね。だいいち、昔戦争があった話なんて、どこにでもある話じゃん。絶対にハズレ無しに引き出せる話じゃないねぇ。

「ああ、それではっきり分かりました。では霊の浄化を行います。どこか聖地のような場所はありませんか?」
「さぁ? 分かりませんねぇ」
「温泉が湧き出ているとか、そういう場所は?」
 あ、ホットスプリングスコーブのこと言ってんの? それ、超有名観光地じゃない。
「そこに仕事をしに行きます。酋長に頼まれた大仕事です」

 はぁ……、あのね、有名観光地の温泉に行きたいならね、ボートとガイドの手配はしてあげますけどね、料金はこの場でぼくが一括していただきます。連れて行ってくれる地元の人(インディアン)に対して一切の値引き交渉や、ましてや除霊がどうのこうの、酋長の霊が頼みに来たのなんのとかいう話はぜぇっったいにっ! しないことっ!
 (あんたがバンクーバーで「この家には悪霊が憑いてる」とか言って移民している日本人を脅しては、除霊してやるから五百ドル、みたいなことやってんの知ってんだよ)

 この人たちは、精神世界を重んじるこのインディアンの国で、殺されたっておかしくはないくらいの、恐るべき冒瀆行為を犯していることがわかっているのでしょうか。
 ぼくに言わせれば、当たり前に支払わなければならない船代や宿泊費なんかを脅迫で浮かせて無賃()旅行()でエンジョイっていう、くそせこいだけの人たちですが、ほ~んと、イヤんなっちゃう。日本の恥じゃ。

 あ? 俺がまるで言うこと聞かないって?(何にも無料(ただ)にしてくれないって?)
 そうかい。
 呪えるもんなら呪ってみやがれ。
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