第14話 邦人女性レスキュー大作戦

文字数 1,745文字

 ハミングバード・インターナショナル・ホステル業務日誌。

 二〇〇三年七月二十日、午前一〇時二十四分。
 日本人女性一名、レインフォレストのハイキングに出発。平均所要時間約四時間。長めに見積もって六時間としても夕方五時前には戻ってくる、と心にとめる。

 午後六時、戻らず。七時、八時、同じく戻らず。
 九時十七分、インディアンビレッジで食事にでも呼ばれていないか確認の無線を入れる。

「こちらハミングバード。どなたかの家に日本人女性がおじゃましていませんか?」
 アンさんより返信「どうかしたの?」
「一人ハイキングに行ったまままだ戻らないんです。ちょっと探しに行こうかと思うんで、その前に確認しておこうと……」
「みんな聞いた!? 出られる人間はみんな出て! 携帯無線機、集められるだけ集めて! 緊急事態よ、急いで!!」

 と、とんでもないことになってしまいました。いつもならぼく一人が捜索に当たるだけなんですが、え、えー? 十分もしないうちにもう警察官助手達のボートが飛び出していきます。
 突然レスキュー活動が始まっちゃった。ウソみたい。どうしよう。

 ぼくもすぐに漆黒の闇と濃霧に包まれたレインフォレストに分け入りました。
 ぼくが一時間半の森を突き抜けてビーチに出るまでに、すでに数百人体制の大捜索が展開されていました。
 ひぇぇぇぇ (ドキドキ)

 村中のありとあらゆる船が出動しています。濃い霧に覆われた暗黒の海上に煌々と明かりが照らし出され、その中心、輸送船コマンドパフォーマンス号に置かれた本部には、海上バスさえも横付けされ、全ウォータータクシー、個人のボートがひっきりなしに発着して、ボランティアで集まった村人達を、チーム編成して島の南端のトレイル全体に送り出していきます。
 その光景を見たぼくは、あまりの規模の大きさに目を疑わずにはいられませんでした。
 うそー、どうしよう。

 夜が明けても彼女は発見できず、ぼくは再び単独でぼくの住むジェネラルストア側から森に入り、森の中心部を捜索中のチームと合流。また単独で動いたあと再びビーチに出て、ちょうど通りかかったボートに飛び乗り、本部の輸送船にたどり着いたときには、RCMP(カナダ王室騎馬警察隊)、コーストガード(沿岸警備隊)、さえも巻き込んで更に規模がふくれあがっていることに愕然としました。

 今度はぼくもチームに組み込まれ、遙か遠くの海岸に輸送されます。
「絶対に村のすぐ近くにいるはずだ」
 と主張しつつも、もうここまで厚意でやって貰っては、組織に従わざるをえません。

 ぼくが加わったチームが彼女の足跡らしきものを発見。しかし可能性はあるものの「村から遠すぎる」
 だがもうすでに失踪から二十五時間は経っている以上、あらゆる可能性に賭けるということか。足跡追跡のため、警察犬の出動が決まったといいます。ぼくはチームから離れ、RCMPに協力すべく、岩場に迎えに来ていたボートに飛び乗り、彼女の持ち物が置きっぱなしの我が家にとって返します。

 RCMPの警察犬到着を待つ間に、ヘリコプターも発進したと無線が入りました。無線を聞きつつ日本領事館との電話のやりとり……の最中、
「見つかった!」
 無線が入った! 見つかった!
「ゆき! 聞いたか! 見つかった!」

 彼女は出発してから約二十七時間後に、打ち鳴らされていた太鼓の音を頼りに、自力で海岸まで脱出したところを保護されました。
 夜通し、ほとんど雨にも近い濃霧の中から始まり、発見まで約十五時間、誰もが帰宅するまでにはまた更に数時間を要したこの大レスキュー。

 すべてはアホーザット村ヌー・チャ・ヌルス族の方々数百人のボランティアと、RCMP、コーストガード等、カナダ政府の惜しみない協力のおかげで「邦人女性無事保護」という最善の結果で収束しました。

 その夜、村では彼女が無事だったことでの「お祝いの食事会」が行われました。そして彼女は贈り物として「チュー・クウィス・アクサ」というインディアンネームを授けられたのです。これは彼女が保護された美しいビーチの名前です。ぼくは同じ日本人として、彼女が受けたこの厚意を、また自分が受けた恩でもあるとし、たとえ長い時間をかけてでも返していかねばならない、と思ったのです。
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