第6話 インディアンの子持ち昆布漁

文字数 3,273文字

 はい、現地特派員のゆきです。

 2002年3月26日午後6時15分、
 漁師に貰ったこの海域特産種のアサリ様「リトルネック」で作ったクラムチャウダーをすすっているところへ、今年初のハミングバードが戻ってきました。
 濡れた赤茶色のボディーにメタリックレッドの喉を持つ、ルーファスハミングバード(日本名アカフトオハチドリ)の雄です。
 ハチドリが戻って来た! 春です!!

 ということで、今回は春の風物詩、インディアンの子持ち昆布漁についてレポートしてみたいと思います。

 (約二週間前)3月9日、雨。
 アホーザット村が設置したニシンの生け簀のところで、シーライオン(トド)の攻撃から生け簀を守るインディアン達が、シャチの家族を見た、と言っていました。
 5頭の家族のうち何頭かはまだ子供で、1頭なんかはまだ1mたらずのほんの赤ちゃんだったそうでした。

 3月10日、今日も雨。
 シャチ、見たいなぁ、と言っていたら、インディアン村の漁業監視船が生け簀まで乗せていってくれることになりました。
 ラッキー!!
 
 ニシンの生け簀は村から20kmくらい北の入り江にあります。30分ほどスピードボートでぶっ飛ばして現地に着くと、ちょうど今まさに、インディアン漁船がニシンの追い込み漁を開始するところでした。
 生け簀の周りでうねうねと蛇行を繰り返していた大型漁船の船尾に、半分乗り上げるような形でくっついていた小型艇が、繋がれた漁網と共に、するするする! と海面を滑るように解放されました。
 
「そら、始まった!」
 グオー!!
 漁船と小型艇とで円を描いて網を張っていく光景は思わず引き込まれてしまったほどの大迫力! 一周して漁船と小型艇が落ち合い、網を閉じると、大型漁船はエンジン停止。
 小型艇が一気に網の外に躍り出て、その小型艇で大型漁船を牽引して、潮の流れや網の状態を考慮に入れながら生け簀まで誘導していきます。
 
「Yuki、見てみろ」
 漁業監視船の魚群探知機に映った映像は、とてつもないニシンの大群が水面下に渦巻いていることを示していました。
 こ、こいつは……、すごい!
 突然漁船の甲板があわただしくなりました。

 漁船が潮に流されています。
「小型艇のエンジンがおかしい。この船で引くぞ! Yuki! 方向を指示しろ!」

 て、ええ!?
 そんなこと言われても分かんないよ!
「わーっ、くそ」
 小型艇から投げられたロープを船尾のポールに巻き付けている最中に、うわ、まだ待ってって言ってるのに、漁業監視船は既にエンジン全開。
 ぎゃーっ、結んでいる暇など無い。
「Yuki! ロープの上に乗っかっていろ!」

 漁船の甲板からは漁師達が血相を変えながら、こちらに方向を指示してきます。
「ひだりひだり、もっと左! 今度は右! 右!」
 エンジン音に消されないようにぼくも全開で叫びます。

 生け簀へ、生け簀へもうちょっと! がんばれ!  来た来た!
 ひえ~、生け簀まで引っ張ってきました。
「Yuki! ロープを放せ!」

 ロープを解放するとすぐさまボートを旋回させて漁船に横付け。間髪おかず甲板に飛び移ると、インディアン漁師達が必死に網を引っ張り上げています。

 くそっ、思わずぼくも飛びついてがむしゃらに網を引っ張ります。
 ローラーでどんどん網が巻き取られていく際に、たるんでいる部分を引っ張り上げてやらないと、そのたるみにとんでもない量のニシンが入り込んでしまうのです。

 いよいよ網の底が近づいてきました。とてつもないニシンの大群です。
 すごいすごいすごい!
 逃げ場が無くなって生け簀の方にどどーっと流れていきます。
 網を閉じて、第1回目終了。

 直ぐさま漁船はエンジン始動、2回目の漁を開始しました。漁船の小型艇のエンジンの調整も間に合ったようなので、漁業監視官達とぼくとは戦線離脱。すぐ目の前の波打ち際にボートが近づいていきました。

 すると、か、牡蠣が、巨大な牡蠣がごろごろと転がっていて、もはや海底が見えないほどです。
 それにしても、でかい! どれも15cmや20cmは軽く超えています。10個ばかしひょひょひょいっと拾いました。
 生け簀に戻ると、既に3回目の追い込みが終わり間近です。

 網の底にでっかいダンジネスクラブ(アメリカイチョウガニ)が二匹引っかかっていて、インディアン達が口々に「Yukiにやろうぜ」と言って投げてくれました。二匹とも甲羅の横の長さだけでも23cm。こんな大きなダンジネスクラブは始めてみました。

 日も暮れてきたので、今日の追い込み漁はこれでおしまい。
 今度は電灯の明かりの下、昆布におもりを付けて、ロープに結んで生け簀に沈める作業が始まりました。

 この雨の中、インディアン、めちゃくちゃ働くなぁ。誰だ、インディアン怠け者、なんて言ったの?
 あ、ぼくです。すいません。

 ところで、ホントはシャチの家族が見たくて着いてきたのに、シャチのことなんかすっかり忘れちゃってました。
 ま、しょうがないスね。

 ※子持ち昆布漁について
 子持ち昆布とは何か? ということについてですが、ニシンの卵のことを数の子と呼び、数の子が昆布に産み付けられている状態が「子持ち昆布」です。
 ということで、子持ち昆布の漁は、まずニシンを生け簀に追い込んで、そこに卵を産み付けるための昆布をたらしてやるわけです。

 卵が植え付けられたら、その群れは生簀から解放します。そして別の群れを生簀に追い込んで、前回と同じ昆布に、前回の卵の上から産卵させます。それを何度も繰り返すことによって、分厚い子持ち昆布を作るのです。卵の厚さが2cmを超えたくらいで収穫して塩漬けにします。
 このクレイオクオット海峡インディアン居留地アホーザット村での収穫は、全部日本向けでした。

(昆布と数の子を一緒に食べるというのは、日本独特の食文化なのだと思います。ちなみにインディアンは昆布なんか食べないので、子持ち昆布からわざわざ数の子だけ剥がして食べます。(ツガ)の木を海に沈めて枝葉に産卵させた数の子を収穫するのが、もともとの彼らの習慣です。栂の葉っぱは剥がした数の子にいっぱいくっついてくるので、きれいに取るのをめんどくさがって一緒に食べると苦いんですよね。それで何か薬効を期待しているのかもしれませんけど)

 ところで、居酒屋やスーパーなどでも当たり前に見かける「シシャモ」。子持ちシシヤモなんか美味しいですよね。あのシシャモ、実はまず偽物なんです。本物のシシャモは数が激減しちゃってるので、高級料亭とかでしかお目にかかれないんじゃないでしょうか。

 で、実際にぼくたちが普通に安く食べることの出来るシシャモは、カナダ東海岸で獲れる「カペリン」という魚です。こういう、日本産のオリジナルが激減しちゃったので、外国のちょっと似たようなやつで代用しちゃえ! という魚は他にもいーっぱいあります。日本のテレビでやってました。

 そしてまた子持ち昆布の話に戻りますが、日本では寿司ネタなんかにも使われる子持ち昆布……、よほど高価なものでない限り、最近ではほとんどが、上記の偽シシャモ(カペリン)の卵を“薬品で”昆布に張り付けたものらしいです。

 いかん! いかんです!
 子持ち昆布自体が偽物な上に、その卵の主のシシャモまで偽物とは。
 そうならそうと言ってよ、言ってくれれば、それはそれでべつに気にしないんだからさ、て感じです(個人的には)。
 まぁ、全ての人を対象に穏便に済ますには、何でもかんでもは言わない方が正解ですけどね。

 ぼくが記事にしている子持ち昆布は、もちろん、本物中の本物です。
 そりゃあ、北海道なんかの国産のやつの方が金銭的な価値はうんと高いですけど(国産のは、希少価値のある黄金のダイヤ状態、だとインターネットのどこかで読みました)。

つづく。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
※これは執筆から10年以上経っても、日本のメジャーテレビ番組から映像を持っていないかという問い合わせが多くきたレポートでした。
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