第３８話　夢をかなえよう

　我が家ハミングバードホステルの前の桟橋から海面を見下ろすと、何千何万という小魚の大群で入り江が埋め尽くされているのを目撃することもしばしばです。そういう小魚の群れの下にはまた大型の捕食魚たちがひしめいているわけで、ルアーをポイ、と落としてやると、あっという間にでっかいサーモンがヒットしたりもするわけです。

　八月十四日の夕方六時半頃には、家の前で跳ねている小魚の大群を、大きなクジラが食べにきました。ハンプバックホエール（ざとうくじら）が大口空けて海面にがばっと半身飛び上がって魚を食べるところも、何度か見ることができました。クジラの吐息もにおってきました。おならみたいな臭いでしたよ。

　その後クジラは入り江から出て行ったので、ぼくはそのままボートに乗ってクジラを見つつ釣りをしていて、夕飯一匹確保したあと、二匹目は魚がかかってるのにクジラを見ていてのんびりしていたら、舟に上げる前にサメにかじられました。ルアーの先にはレッドスナッパーの頭だけ。あんなのマンガの中だけでのことかと思ってた。

　それはさておき、この季節になると、胸の内でついついターミネーターのテーマをつぶやいてしまいます。
　ダダンダダン！　ダダンダダン！
「デレレェーデェーレェーレェー……、デレレェーデェーレェーレェー（最後は上がり調子で）」
　I’ll be back!　やつは帰ってきた。ベリーの季節が帰ってきた！　ぬおお！　以前はイースト菌の大暴発で地球（バスルーム）に大汚染をもたらされたが、もう二度と負けはしない。未来（日本）から持ち込んだ新兵器を駆使して、今年こそはおいしいワインを造ってやるのだ。まずはベリー摘みに行くのだぁ！

　海沿いの崖ップチをよじ登り、ブルーベリー系の地元種「サラルベリー」の群生地へ。そこはベリーを食べにきたブラックベアが転がり落ちてきたところでもあるので、ベリー摘みに夢中になって自分も転がり落ちないように気をつけねば。

　以前は家の横でベリー摘みをしていると、ウサギやアヒルたちがおすそ分けを貰いに集まってきたものですが、彼らはヨットやクルーザーで来た人たちなんかの犬たちにほぼ全滅させられてしまったので、今年のベリー摘みのお供は、ながいことうちの縁の下に住み着いていた猫ちゃんです。春先に彼女が他からやってきた黒猫にコテンパンにのされて歩くこともままならなくなっていたとき、怪我が治るまでと思ってぼくのご飯を分けてあげてたら、今ではすっかりうちの奥さんにでも納まったかのようになってしまいました。桟橋に釣りに行こうが、ジャングルにベリー摘みに出かけようが、どこでもどこまででもくっついて来るので、もう、かわいくってかわいくってなりません。

　ぼくがベリーを摘んでいる間、猫は近くの木に登ったり、切り株の上で体を舐めたりしていましたが、姿が見えなくなったりすると、崖から落ちてやしないかとか、気が気ではありませんでした。でもこういう場面で人間が猫の心配をするというのも変たら変か（向こうのほうが達者だもんね）。

　それなりにバケツいっぱい摘んだので、「にゃあ、帰るよっ」と声をかけると、どこからともなく「にゃあん」と返事が聞こえて、にゃあが後からついて来ました。やれやれ、猫を待っててやらなきゃならないなんてねぇ。

　さて、家に帰って早速ベリーを鍋にかけます。煮ながらマッシュポテトみたいにグチュグチュつぶして、ジュースを搾り取るのです。お隣のストアのオヤジなんかは枕カバーに入れて一晩吊るすと言ってましたが、宿泊客(ホステラー)と同じキッチンを使っているぼくはそんなに待っていられません。それで去年は市販のガーゼの袋に入れてギュウギュウ手絞りしたら、袋が破裂してキッチンがベリーのショットガン攻撃を食らってしまいました。しかし、フフフ、今年は決して負けないのだ。

　パパカパッパパーン！
「洗濯ネットォ」（ドラ声で）
　二十一世紀（日本のダイソー）からアホーザット（まるで十九世紀）に持ち帰ったこの新兵器で、一気にカタをつけるのだ。
　おお！　洗濯ネットって、どんなに力いっぱい絞ってもぜんぜん平気、超丈夫。ドハハハ、この作戦大当たりです。一番絞りと二番絞りで、十一カップのジュースがすぐに取れました。

　ここにイースト菌とイーストの食料になる砂糖を投入するわけですが、去年はいまいちアルコール度が上がらなかったので、
　パパカパッパパーン！
「砂糖二十二カップゥ」（ドラ声で）

　要するにイースト菌のウンチとオシッコがアルコールなわけですから、ご飯になる砂糖をいっぱい入れてあげればいいんでしょ？　ウ～フゥフゥフゥ（ドラ声）、の～び太くん（今年のワインの名前）、ウンチとオシッコいっぱいしてよねぇ。楽しみ楽しみ、～♪