第41話 ダンスはうまく踊れない

文字数 2,058文字

 昨日バンクーバーではかなりの雪が降ったようですが、緯度的にはバンクーバーから横一線のここフローレスアイランドでは、雲ひとつない良いお天気でした。天気が良くて雲がないと放射冷却がいっそう進みますから、師走を前にしていよいよ本格的に冷え込んできました。

 今日十一月三十日は、朝九時頃にお隣のストアのおやじが「お前んちの前をクジラが泳いでるぞ」と電話で教えてくれたんですが、二階のバルコニーに出てまず目に入ったのは、霜で真っ白に凍りついた桟橋です。
 コココン、コココン、とひたすら何かの音がするので地面を見下ろすと、カラスが凍った水溜りを飽きもせずにつっついていました。
 そんなのに気をとられていたら、ありゃ? クジラのこと忘れてたよ。
「ちびコククジラ(グレイホエール)だったけどな」
 とおやじは言ってましたが、見逃しちゃった。

 はぁ、しかしこの寒いのに、家の前の入り江は朝からけっこうな交通量です。
 ふーん……、お、ストアの方ではレインギアを着込んだインディアン達がいっぱい歩いてる……、てことは、どうやら今日からアサリ漁の解禁らしいな。
 クレイオクオット海峡の冬の風物詩、インディアンのアサリ漁か……、もうそんな季節になったのね。
 はぁ、道理でさびしいわけですよ。冬のフローレスなんて、誰も来ないし、インディアン以外には誰も知らない。

 夏のハミングバードホステルが忙しかった時期に、レスキュー911に緊急電話を入れなきゃならなかったことがありました。レスキュー911は、日本の110番と119番を合わせたような感じのものです。
 オペレ-ター「住所はどこですか?」
「BC州のアホーザットです。クレイオクオットサウンドの中腹にあるフローレスアイランドの南東の入り江です」
「ストリートネームとナンバー(住所の番地こと)を言ってください」
「ストリートネームはありません」
「ストリートネームとナンバーを言ってください」
「ストリートネームは無いんです」
「ストリートネームとナンバーを言ってください」
「あの、ここは家が三軒しかないし、道という道はほんの百メートルくらいの、しかも海岸の崖っぷちに勝手に作ったのが一本あるきりですから、道に名前なんてないんです」
「ストリートネームとナンバーを言ってください」
 むうう……。
「じゃ、マリンドライブです。番号は二番」
「…………、(コンピューターで検索して)そんな道はありません」
 だから()えって言っとるのじゃ!(でも商売の登記のときにもやはりストリートネームとナンバー無しでは書類を送り返され、結局勝手に作ったマリンドライブの二番、で通ってしまっているのです。ちなみに一番はお隣のストアってことで)

「アホーザットって、インディアン居留地のアホーザットですよね。ストリートネームとナンバーを言ってください」
「インディアン居留地のアホーザット村は入り江を渡ったところです。そこは地図上ではマーカトシスとなっているはずです。ここは入り江の反対側で、地図上ではこっちがアホーザットのはずだし、ここは居留地内じゃありません。ジェネラルストアとバックパッカーズホステルともう一軒家があるだけで、全部で七人しか住んじゃいないんです」
「…………?」
「あのね、居留地側にはRCMP(カナダ王室騎馬警察隊)のオフィサーが今年は四人も派遣されてるんですよ?」その人らがつかまらないからやむなくこっちに電話しているのですが、四人も警察官を派遣している場所の地理をなんで把握していないのだ?
 もう、全然緊急電話にならないもんね。

 緊急電話にならないといえば、数年前に日本人女性が森で行方不明になって、インディアン村、RCMP、沿岸警備隊、トッフィーノに集結して待機していたボランティアの人たち、延べ数百人を巻き込んでの大捜索になってしまったとき、ほとんど雨にも近い濃霧の中、夜通しジャングルを駆けずり回った後、明け方に新たな捜索チーム編成に加わるために家に戻った折に、日本大使館の時間外緊急連絡先に電話したら、
「カナダの何州ですか?」
「BC州です」
「何州ですか?」
「BC州です」
「何州ですか?」
「BC州です」
「何州ですか?」
 むうう! 「ブリティッシュ! コロンビア! 州です!」 (略しちゃいけないのね)
「あなたになんで彼女が行方不明とわかるんですか?」
 熊も狼も当たり前にいるし、へたしたらクーガー(アメリカライオン)もいるかもしれないジャングルに一人で出かけて、一昼夜たっても帰ってこないからだよっ!! このっ! むかっ!

 と、万事がその調子で、用件を伝えられるのに二十分もかってしまい、緊急発進して行ったレスキューチームに置いてきぼりを食らってしまった、という、なんか外国で外国の人たちが日本人を救うために奮闘してくれているその状況下で、「日本人」として非常に恥ずかしい思いをしました。
 あ、でもこれは、ここを誰も知らない、というのとはちょっと種類が違いましたね。
 ま、しかし、こんな辺境のど田舎、だ~れも知らない、というのに変わりはないっす。
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