第46話 三つのサイン(海の色、木苺、ゆきの晩メシ)

文字数 1,786文字

 七月に入ってからずっと、海の色が抹茶ミルクのよう、というか、モスグリーン系の不思議な色をしています。
 こういう海をインディアン達は「サッカイウォーター」と呼んでいます。Sockeye(サッカイ) Salmon(サーモン)が近海で獲れ始める自然からのサインだと。

 サッカイサーモンというと、これは日本では紅鮭、紅マス、あるいはヒメマスと呼ばれている魚です。北海道の名物の一つです。
 でも今の気候ではサッカイの南限は北緯六〇度といいますから、バンクーバーあたりがその南限。日本は南過ぎるはず。実は北海道のヒメマスは、はるか昔にサッカイが川や湖にいるときに地殻変動とかで川がふさがれて、海に降りられなくなったものなのです。こういう陸封型のサッカイが、南過ぎるはずの日本にいるっていうことは、きっとその陸封された時期には、地球がもっともっと寒かったっていうことなのでしょう。

 ヒメマスは、海に降りて海水中で育ってこそ大人のサッカイの形になれるところが、降りられないので、大人になっても幼魚のときの形模様をしています。お味は最高。幼い姿に味最高、て、まさに「日本的」かな、と思います。

 普通日本人が言う鮭は、正確には白鮭というやつで、カナダではドッグサーモンとかチャムとか言っている種類です。海にいるときには銀色をした普通のお魚の形をしていますが、淡水に触れると「まさにシャケやんけ!」という鼻曲がりの形になります。永井豪が描く悪魔や鬼のような凄い牙が生えてきて、体色は緑と赤紫の迷彩模様に変化します。

 日本のスーパーで「鮭」といって売っているのはこのドッグサーモン、「マス」といって売っているのはピンクサーモン(樺太マス)、て場合が普通のはず。日本人が英語でサーモンと聞くとそれは海に降りるやつ、トラウトは川にいるやつ、というイメージを持つかもしれませんが、日本語の単語の意味としても同様に、(サーモン)マス(トラウト)には明確な区別はありません。鮭=海、鱒=川ではなく、同じものだと昔の人はよく分かっていた証拠として、サザエさんの家族の名前を考えてみてください。マスオさんだけ海と無関係な仲間はずれなわけは無いでしょう? キングサーモンの和名は「マスノスケ」です。マスオさんはフグタ家の大黒柱、キングサーモンなのですよ。

 現在、日本の鮭(チャム)は、ほぼみんな孵化場で人工孵化させたものらしいです。四年~六年で、生まれた川に戻ってくる。四年~六年と、個体によって時期がずれるのは、そうやって川に異変が起きたりしたときに全滅を避けるためといわれています。

 一方ピンクサーモン(樺太マス)は必ず二年で遡上してきます。その代わり生まれた川にはこだわらない。こちらは時期ではなく場所にこだわらないことで全滅を避ける方法をとっているらしいのです。

 まぁ、これらの話は学者が「俺はそう思うぞ」と言っているだけに過ぎないですが。
 学説など、あとでころっと変わるかもしれません。
 ちなみに、鮭類っていうのは、「白身魚」です。赤身なイメージがあるのは、餌の色素が肉に溜まって赤っぽくなっているから。だから、川に遡上して餌を食わなくなると、どんどん白身にもどって行きます。海にいてがんがんメシ食ってるときに獲れば赤いのです。

 さて、海はサッカイウォーター、山には一月(ひとつき)も前からサーモンベリーがたわわになっていますから(この木苺が実りだすと、サーモンがアラスカから南下してくるサインだという)、村のインディアンたちがぼくにかけてくる言葉は、どれも「サーモン釣れたか?」というものになってきました。
 くうう……「まだ」

 もうすでに毎日けっこうな人数が、四十パウンド(約18kg)を超えるような大型サーモンをじゃんじゃん釣っているのは知っています。しかしですね、彼らは魚群探知機を使って、四十メートルくらいの深場をトローリングで釣っているのです。ぼくのように行き当たりばったり勘頼り、釣り竿一本の表層近くで勝負しているのとは根本的に違います。

 そんなぼくでさえサーモンを釣り始めたとなると、これはもう「誰でも入れ食い、獲り放題の季節になったぞ!」というサイン。
 インディアン達はそんなサインを待っているのです。
 海の色、木苺、それににユキの晩飯(サーモン)。三つのサインが出揃ったなら、子供たちでも連れて、ひとつハズレ無しのサーモン釣りでも行こうかねって。
 
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