第31話 挑戦! おふくろの味

文字数 1,786文字

 ある秋の日のこと。
 新しくここフローレスアイランドのインディアン居留地、アホーザット村に配属になったカナダ王室騎馬警察隊のデイブが、ナバホ族のパットと一緒に、ぼくを釣りに誘いに来ました。

 数年前までは、ほとんど毎日のようにパットと釣りに行ったものでした。実際ぼくのサーモンフィッシングの技術や知識は、パットの存在無しにはいまだに限りなくゼロに近かったんじゃないかと思います。そういう意味じゃ感謝してはいるんですけどね。

 パットはさ、かなりわがままな性格なので、少々もてあましていたんですよね。特にある年の春先に村の正面にある小島クーガーアイランド付近で、七十三パウンド(三十三キログラムくらい)もあるオヒョウを仕留めてからというもの、めちゃくちゃ威張るようになったので、めんどくさいから、一緒に遊ぶのやめちゃったんです。
 でもこういう、パットが誰かに誘われたときって、必ずぼくのことも誘いに来るので、ちょっと悪いことしちゃってるかなぁ、なんて思うときもあります。

 今日はパットがデイブにホットスプリングスコーブのポイントを教えてあげるんですって。
 ホットスプリングスコーブは、深い原生林から湧き出したアッツアツの温泉の川が、岩場を通って海に流れ込む過程でちょうどよい湯加減のバスタブを形成しているという、温泉好きにはまことにたまらないシチュエーションの観光地です。(以前はストアのおやじ、クラーク家の所有地でした。つまり、おやじの生まれ故郷)

 また、サーモンもよく釣れるんだなぁ、あの辺りは……、
 ぽわわわわ~ん、
 なんて巨大サーモンを釣り上げている自分の姿を想像して、
「うん。一緒に行く」
 承諾しました。

 ホットスプリングスコーブまでは、スピードボートでだいたい四十五分くらい。
 太平洋の外海に面しているので、波風が強烈な場合が多いです。今回はありがたいことに波も風も穏やかで、船酔いに弱いぼくは助かりました。
 しかし、海水が、色が……変。もの凄い赤潮で、まっ茶ッ茶の海。こんな海の色、初めて見ました。こんなで魚、釣れるのか知らん。

 魚はどうだかわからないけど、鯨がいっぱい、いーっぱいいます。
 赤潮の海というのは植物プランクトンが異常発生した状態、つまり鯨の食い物であふれかえっている海ということです。
 すぐ目の前にもうんと遠くにも、どこを見たって鯨ばっかし。
 コククジラとザトウクジラがうじゃうじゃいます。
 十秒に一回くらい、潮が吹き上がる音が聞こえます。ブシューって。
 テレビとかでよく見る、鯨が深く潜るときにしっぽを振り上げる姿、このとき初めて見ました。

 すぐ五〇メートルほど先を泳いでいく鯨の背中が水面に躍り出るたび、その鯨にぶつからんばかりのところを、サーモンがぴょんぴょん跳ねながら着いて行きます。
「あのサーモン、何やってんの?」
 パットに聞いたけど、「知るもんか」ですって。そりゃそうか。

「なんだろね」と思いつつ、
 あれ釣っちゃる!
 と内に闘志を秘めながらルアーを揺すっていたら、まっ茶っ茶な海面が突然雨でも降り出したかのように、無数の斑紋であわただしくなってきました。海が沸く、というやつです。海面直下に小魚の大群が押し寄せているという証拠です。

 ということは、その群れの真下、水深せいぜい一~二メートルのところに、巨大サーモンがいる可能性大! と思っているところへなにやらヒット!
 でも引きはたいしたこと無かったので、チビサーモンかと思ってあげてみたら、サバでした。

 へー、サバいるんだぁ。
 オー、秋サバ! 嫁に食わすなとさえいう秋サバ。これはこれでラッキー!
 味噌も持ってるし、今夜はおふくろの味「サバの味噌煮」に挑戦だー!

 家に帰るなり、インターネットでサバの味噌煮を検索しました。
 いっぱいあるある。
 でもさ、みりんとかダシとか、無いなぁ。あ、お客さんに貰ったそばつゆ、有りました。

 そばつゆベースにショウガを一片、そして三枚におろして切り分けたサバをコトコト煮込みます。
 赤味噌に砂糖を加えて日本酒で割り、たっぷりかけて、更にぐつぐつ。んー、いい香り、いい色合いになってきました。

 ほっかほかにご飯を炊いて、と、えへへ、ではでは、いっただっきまーす。
 む…………。
 久々に唸りました。
 美味い……、上出来!
 こりゃ、嫁に食わせたい、是非。
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