第57話 初春(ビギナーズラック)・前編
文字数 2,141文字
カナダ・バンクーバーアイランド西岸の秘境クレイオクオットサウンド中腹にある離島、フローレスアイランド。その南西の入り江にあるインディアン居留地アホーザット村。
この村のインディアンで、サミーは少し年上の優しい兄貴といった感じでしたが、単純に遊び仲間というか友達らしい友達になったのは、パトリック・ジョンソンというナバホ族の青年が最初でした。
こういう隔離された辺境の村では、よそ者に近づいてくる人間がなかなかいないのは日本ででも同じことで、それでも寄ってくるのはまずは世間から疎まれているヤクザのような、つまり難癖をつけて金をせびろうとしてくる奴らです。この村ではウェイン・ロビンソンとその仲間たちが牛耳るチンピラグループがそうでした。
チンピラと言っても、誰でもライフルやショットガンを持っていていつでもぶっ放す無法地域のチンピラどもで、まぁこいつらに限らずですが、たとえば松茸の取り合いで普段からいがみ合っていると誰もが知っている相手を撃って「熊だと思った」という言い訳が通じると
本気で思っている
レベルのアホどもばかりですから、そこまでのアホだという前提で、特にジャングルに呼び出されたときなどの観察眼とポジショニングには気を配っていないと、命がいくつあっても足りません(そ知らぬ顔をしながらそしてそういう連中との嵐のようなやり取りがこう着してきたところで、次に、今度はヤクザとは違うけれど、やっぱり周囲からは疎まれていて友達がいないような人間が近寄ってきます。周囲とはうまくやっていけないけれど友達がいないのはさびしい。で、自分のことを知らない新参者を友達にしてしまおうと寄ってくる。パトリック(通称パット)は、いわばそういうポジションのやつだったかな?
ウェイン一味のほかにパットが登場してきたことによって、まぁぼくの立場というものも第二ステージにステップアップしたって感じです。
その日パットは自分のモーターボートではなく、珍しくリチャードのなべ底船に便乗して、ぼくの家の前の給油用桟橋にガソリンを買いにやってきました。もともとがよその村から来たナバホ族のパットと違って、リチャードは地元ヌー・チャ・ヌルス族の青年で、丘の上の消防署の隣に住んでいます。
ぼくが村からは入り江を渡った側のジェネラルストア横でバックパッカーズホステルを開業してから三年目でしたから、向こうは十分ぼくの顔は承知していましたが、その頃のぼくはまだ、村のほとんどすべての人間とは言葉を交わしたことがありませんでした。リチャードも警戒心をあらわに緊張していましたが、パットが(俺の方が度胸があるぞ)と言わんばかりにぼくに気さくに話しかけ、三人で釣りに行こうと言い出して、リチャードもここで臆したようなそぶりを見せては面子が……と言おうか、なんか断りきれない雰囲気になりました。で、気の毒なので、ぼくのほうから遠慮して断ったのですが、パットがいい気になって「行こう行こう」としつこいので、リチャードには申し訳ないと思いつつ、リチャードの船で(!)三人で釣りに行くことになりました(パットめ、図々しい)。
六十馬力の
この辺りで釣りといったら、カナダの漁師が使うダウンリガーという装置の原理を使ったトローリングか、ルアーを海中で上げ下げするジギングが
「お前、せっかく連れてきてやったんだから釣りしろよ」
とパットがせせら笑います。ちぇっ。
苦しいけど、とにかくぼくも船底に這いつくばったままルアーを海に投げ込みました。でもぼくが持ってきた竿ってさぁ、こんな遠くまで来ると思ってなかったから、マックス刑事と釣りに行ったときに、ちゃち過ぎて惨敗したマス釣り用の小さい竿に小さいリール。またそれに(今回はちょっと学習して?)糸ばっかりはナイロンの三十パウンドテストなんて、釣りのこと知っている人が聞いたら、嘘でしょ? てくらいぶっといのを巻いているから、せいぜい十メートルくらいしか長さが無いんですよね。パットもリチャードもさ、まずは四十~五十メートルある海底までルアーを落として、
ところがその時、ぼくの竿が突然折れんばかりに船底に引っ張られ、体ごと持っていかれるような特大の衝撃が!
つづく。