第32話 オッス! が正しい

文字数 1,768文字

「うぃ~っす」
 あれ?
「うぃ~っす」
 なんだろう? 喋ろうとすると自動的に、うぃ~っす、て言っちゃう、困ったな。
 起きがけだからかな? なんか喋りにくいし。
 寝ぼけ(まなこ)でトイレに行き、用を済ませて手を洗いつつ鏡を見たら、驚愕しました。

 か、か、顔が! イカリヤになってる! チョウさんになってるぅ!
 下くちびるビヨーンって、ビヨーンってなってるぅ!
「なんじゃあ、こりゃあ!?(松田優作)」
 って言いたいのに、
「だめだこりゃ」
 って言っちゃう。どうしよう。

 口の中を鏡で覗いたら、舌の裏側にある唾液腺のところ、腫れて盛り上がり、魚の舌そっくりになってます。ほんとに舌が二枚あるみたい。
 うーん、この二枚舌なら、うまいことぺらぺら嘘ばっかついて上手に世の中渡って行けるか知らん……、なぁんて空想に耽っている場合ではないです。

 原因を突き止めねばよろしくないでしょ?
 何だろう? 口内炎? 魚いっぱい釣りすぎた罰? ゆうべ、いったい何したっけか。
 あ、そういえば、昨日、お隣りのストアの娘婿のトミーが来て、車海老獲りにむりやりつきあわされたんだったっけ。

 寒いからいーやーだー、てのに、娘のシャルビィ(五歳)のお守り役に、シャルビィの兄のタイラー(十八歳)と一緒に、ほぼ強制的にボートに同乗させられたのでした。
 トミーは滅多にアホーザットに来ないけど、「プレゼントだ」と言って森から重機で運んできた枯れた大木をどっかり家の裏に置いて行ってくれたり(暖房に使う薪用)、新品の安全靴を買ってきてくれたり、いつも親切にしてくれるので、しょうがないから付き合ったのです。

 たった十四フィート(4.3Mくらい)の屋根無しアルミボートに六十馬力のエンジンで、フルスロットルですっ飛ばすものだから、捕まえていないとシャルビィなんかあっという間に振り落とされちゃう。
 すぐに車海老ポイントに到着しました。

 今回狙っているのは大型の車海老ですが、ほぼ同じポイントでボタン海老なんかも獲れるんじゃないかと思います。だって時々ここいらの漁師やインディアンたちに、もっと小ぶりの海老を大量に貰うんですけど、その貰った海老が入っている箱、
「ぼたんえび、船内で急速冷凍」
 等々、全部日本語で書かれてるんですもん。だからあれ絶対、日本で食べてる「ボタン海老」です。
 まぁそれにしても、とにかく寒い。波風が強烈で極寒状態。早く罠、仕掛けちゃって帰ろうよぉ~。

 そこへバンクーバーアイランドの観光地トッフィーノから、観光客を乗せた水上セスナが遊覧飛行にやってきました。
 地元の人らがこんなちっこいボートで魚を獲っているとこなんか見せれば、そりゃ観光客達なんか大喜びするでしょうから、セスナは旋回して低空飛行で近づいてきました。

「ようし見てろよ」
 トミーがそう言うと、
「やめろよ父ちゃん、やめてやめて、お願い!」
 とタイラーが必死で止めだしました。
「あーっ!」
 タイラーの絶望の声。

 トミー、あっという間にズボンもパンツも一気に脱いで、丸出しのお尻、飛行機に向けて「ブーッ」なんて言ってます。
 いやぁ、いつもやることが豪快だなぁ。(このセスナ会社の受付ってトミーの奥さんなのになぁ)
「わはははは、どうだ、見たか」
 いいから早く罠仕掛けて帰ろうよ。

 エビの罠は全部で二十個くらいかな。ロープでつながった罠を、ポイント近辺に張り巡らしていくのです。
 餌として持ってきたのは缶詰のキャットフードです。ストアにあった物を適当にがばっと袋に入れてきたので、いろんな味のラベルが付いてます。

「何味のがいいかなぁ」
 なんてトミーとタイラーが相談してたら、
「オレンジ色のがいい」とシャルビィ。
「そうだな。オレンジのがベストだ。一番獲れるぞ」
 トミーはどこまでもシャルビィに優しい。

 ぼく「じゃ、黄色いラベルは?」
 シャル「黄色もいいわよ」
 ぼく「青は?」
 シャル「う~ん、青はダメ。でも紫はいいの。緑はまぁまぁ」
 あはは、ほんと? か~わい~ねぇ。

 で、ゆうべは戦果のエビばっか、大量に食べたんですよねぇ。でもそんなのいつものことなんですけど、、、食いすぎでアレルギーにでもなっちゃったかな?
 ま、いいや、せっかくだから、チョウさんのものまねの練習しよう。
 うぃ~っす。青島ーっ! だめだこりゃ。
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