第18話 インディアン村、秋の鮭漁

文字数 1,849文字

 九月三十日のことでした。
 朝十時前にふらふらとお隣のジェネラルストアに向かって歩いていると、入り江の向かいのインディアンビレッジから、五~六隻のスピードボートが一団となってこちらへ向かってくるところに遭遇しました。
 ありゃ? なんかあるなぁ。何かなぁ?

 平底の漁業用オープンボートが桟橋まで来たとき、巨大な漁網が積まれているのが目に入ったので「あ、ドッグサーモン漁が始まったのか」と合点しました。
 船団は次々に桟橋に横付けし、燃料と食糧を供給された順に勢いよく飛び出していきます。
 このあいだの邦人女性レスキューのときにも活躍してくれた警察官助手のカーティスが、ぼくを見つけるなり、
「ユキ! カッパと長靴持って船に飛び乗れ! おいてくぞ!」
 と、まるでぼくが漁に参加するのが初めから決まり切っていたことかのように叫びました。

「ええ? 今行くっ! ちょっと待ってぇ~!」
 ぼくもまるで決まり切っていたことかのように叫び返して、大慌てで雨具を引っ張り出し、桟橋に唯一残っていた漁業監視官達の船に飛び乗って、海洋インディアン・ヌー・チャ・ヌルス族アホーザット村、秋の風物詩「ドッグサーモン漁」に緊急参戦が決定しました。

 現場に到着するやいなや漁網を積んだオープンボートから、今日のリーダー格のカーティスがぼくを含めた数人を指名して、最前線でサーモンと格闘すべく精鋭部隊を結成します。しかしこういう機会があるたび、決してレギュラーでないぼくがいっつも最前線に投入されるのは、なんだかとっても不思議です。そりゃあぼくは「何でもやってみたがり」だからいいんですけど、

からでないと、写真を撮る機会がないので困ります。

 待機の漁船上から長老達の見守る中、ぼくたちが乗ったオープンボートがゆっくりと旋回を始めました。そして誰もが息を詰めて海面を見つめたその瞬間、巨大な魚影が、ジャンプ! またジャンプ! ジャンプ、ジャンプ!

「いくぞ!」
 カーティスが漁網の端を海に投入、と同時にエンジン全開。するするとネットが海中に放たれ、大きく円を描いて囲みを作っていきました。全てのネットが水面に飛び出していった瞬間、
「ユキ! ロープ結べ!」
 フリーの状態だった漁網の最後尾を船体に固定します。
 再びサーモンがジャンプ。
「インサイドだ。網の内側だぞ」
 見守る船団の誰もが「おーっ」と歓声を上げて大興奮です。

 ボートが輪を描いてネットを投入した場所に戻った瞬間、ネットの先端を船に固定して、と同時にさっき固定した最後尾のロープを解放、それを待機していた漁業監視官の船に投げて、今度は監視船のエンジン全開。巾着袋の口ひもを締める要領で、漁網をどんどん絞っていきます。

 こちらの船上では男達がネットに飛びつき、わっせわっせとたるみを船の中にたぐり込みます。仲間達に遅れまじと漁網と格闘するぼくにも、網の内側がサーモンでいっぱいな手応えがずしりずしりと全身を駆け抜け、嫌が応にもアドリナリンが噴き出します。
「がんばれ、がんばれ」

 上がってきました、ドッグサーモン! 大漁です。そして、凄い顔です。しかしこれです、これこそホントにサーモンて感じの顔です。びーっくりしました、すんごいですよ。凶暴な犬、というよりも、永井豪が描くところの悪魔やビーストのような凶悪そうな牙がガチャガチャと生えたすんごい口してます。また、でかいんだ、みんな!

 一網で百八十匹ほど獲れました。まだシーズンは始まったばっかりですが、最盛期には一日に6千匹なんて獲れるときもあるようです。
 収穫は全て人口約八百人のアホーザット村民の冬用食料として、誰もに欲しいだけふるまわれます。これからの一ヶ月、村は家々から上がるスモークサーモンを作る煙で、甘く薫ることでしょう。
 その夜、ぼくの家にはイクラが三十kgも届けられましたよ(多すぎ!)。

 ☆サーモンにもいろいろ種類がありますが、ここいらのインディアンやストアのオヤジが単にサーモンと呼ぶのは(本物のサーモンという意味で)「キングサーモン」だけでした。そして日本人が鮭と呼ぶのはまさにこのドッグサーモンのことなのです。淡水に触れるとオスの鼻が曲がっていくやつです。道理でぼくが「これこそサーモン!」て感じたわけでした。

(汽水域で淡水に触れるとどういう体の変化を起こすかは、サーモンの種類によってぜんぜん違います。とても同じ魚とは思えないような、まさにフリーザ様のような劇的な変身を遂げる種類もいます)
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