第65話 バンドに入れよ
文字数 2,382文字
日本ででも同じですが、田舎にしばらく住むと、周りの人たちがやたらと嫁さんを世話しようとしてくるようになって困ります。
日本では十九歳の時に長野県野辺山高原の乳牛牧場で働いたとき、そして二十五歳から和歌山県の梅干しの産地、紀州南部 に二年ほど住んだときには特にそうだったような気がします。
そしてここ、カナダはフローレスアイランドのインディアン居留地「アホーザット村」でも、もううるさいくらい、村の娘と結婚しろ、結婚しろ、と持ちかけられるので、へー、田舎って、日本人もインディアンもまるでおんなじ感覚なんだなぁ、なんて妙に感心してしまいます。
「ゆき、どれでも好きなの持っていっていいからさ、インディアンのワイフを貰えよ」
海上バスのロイじいさんも、顔を合わせるたびにそう言います。
ふーんだ、どれでもいいなんて言っちゃってさ、一番きれいどころでいい娘 なんかにアタックかけたら、あっという間に追放するくせに。知ってるもんね! というのは特に南部にいたときの苦い経験から出る言葉。
「やーですよ。女房なんて貰ったら、釣りに行くなー、とか、ちゃんと働けー、とか、子供と遊べー、とか、どこにいたって無線で怒鳴り散らして、ぜーったいに偉そうに仕切ろうとしてくるに決まってるもん」
そう言うと、みんな思い当たるフシが痛いほどあるので、苦笑いして、とりあえずはまぁ引き下がってくれます(ふふふ、だてに無線を聞いちゃいないっすよ)。
しかしホント、誰も彼もが同じ事を言ってくるのでもう、うるさい! 最近では具体的な名前まで挙げられて結婚を勧められることもしょっちゅうです。なかでもやたらと勧められるのがアンナ(仮名)という女性です。
また今日もアンナ(仮名)を貰えと勧められました。
「アンナは良 いぞ~。ベリーでジャム作ったり、スモークサーモン作ったり、家事をとってもよくするぞ~」
それにしても、むうう、いらないって言ってんのに「会ったこともないのにいやだ」て何度も言ってんのに、ストアのおやじまで「アンナほどいいのはなかなかいないぞ」なんてことを言いだしたので、もう! 怒った。
「そんなイイ女なのになんで今になっても結婚もしてないし彼氏もいないのさ?」
おやじ、言葉に詰まる。そして、
「そ、そりゃあ……、お前……、ブスだからだよ」
あははーっ!
うん、なんかね、答え知ってたような気がするー。だって日本でもこういう時って必ずそうだったもん。そして、すごいデブ? やっぱり?
「いや、だから嫁さんにするにはもってこいなんだよ」
「???」
「わからない? だって誰もお前から盗 ろうとなんてしないんだぞ」
そ、そんなになの? 涙腺、ゆるむ(さらにちょっと、興味わく)。
いつもぼくにカニやウニをじゃんじゃん持ってきてくれるとっても親切なインディアン、サミーまで「アンナを貰えよ」と言ってきました。
「ふぅん、アンナアンナってみんな言うけど、その人、歳 いったいいくつなのさ」
「ん、アンナか? 三十後半くらいだったかな?」
ふ、「あのさ、その人、孫いるでしょ」
「う……、そりゃあ……、いっぱいいるさ」
やっぱりね。インディアンてさ、三十過ぎたら孫いるんですよねぇ、しかもたくさん。
「でもいいか? アンナはな、いつもぴっちぴちのパンツをはいてんだぞ?」
「それって、いいの? わるいの?」
「いいとか悪いとかいう話じゃなくって、尖ったものを持ってそばに行っちゃいけないって、そう言ってるんだ。もし間違ってパンツを突っついちゃったらどーするんだよ。破裂して飛んでっちゃうかも知れないだろ? アンナがいなくなっちゃったら、みんな困るじゃないか」
ゲラゲラゲラ。も、なんの話ですか、あはは、あはははー(お腹いたいよ)。
ぼくが始めてフローレス島で年を越したのが二〇〇一年の冬で、明けて二〇〇二年の春先頃からですかね、インディアン居留地アホーザット村(アホーザット・バンド)の村議会では、毎年「ゆきを正式なアホーザット村のインディアン(バンドメンバー)にしてしまおう」という議題が話し合われるようになったといいます。
「明日っからゆきも俺達インディアンの正式メンバーだな」
と輸送船コマンドパフォーマンス号乗組員のトム・フランクに話しかけられると、ああ今年ももうそんな季節か……春も近いね、なんて、ぼくにとってはすっかり季節の風物詩みたいな感じになっちゃった。
そのたび「ぼくまだ、来てから二年半くらいしか経ってないですけどねぇ」とか(四年以上の居住実績が必要らしい)、四年を超えてからは、「ぼくカナダ人どころか、永住権だって持ってないのに、それ飛び越えてバンドメンバーってのありなんですかねぇ」とかトムに返事をしておくと、その日のうちにヨソモンが大嫌いな反対勢力に伝わって、翌日の議会での反撃にあって、「決定していたゆきのバンドメンバー入りは保留」という結果になるのが、毎年のことでした。
(それで最近は賛成派がヨメさんをごり押ししてきてる、てことなのかな)
そうやってのらりくらりとかわしていたのは、べつにインディアンになるのが嫌なわけではなかったんです。むしろ、インディアンと結婚しているわけでもなくバンドメンバーに迎えられるということは、たぶん世界でも例のないたいへん名誉なことだと思います。
でもさ……、ぼく……、
ただの日本人でいたいんだもん。てか日本人である以外はな~んの名誉も肩書きもいらないの。だってそのほうがカッコイイじゃん。
と言いつつ、そりゃあ、ホントにきれいなお嫁さんを目の前でちらつかされたりしてたんだったら、心は揺れてたと思うんだけどさ……。で、その超かわい子ちゃんにこんなん言われたら、落ちてたかも。
(声優の金本寿子さんの声で)
キミも「インディアンにならなイカ!?」
おわり
日本では十九歳の時に長野県野辺山高原の乳牛牧場で働いたとき、そして二十五歳から和歌山県の梅干しの産地、紀州
そしてここ、カナダはフローレスアイランドのインディアン居留地「アホーザット村」でも、もううるさいくらい、村の娘と結婚しろ、結婚しろ、と持ちかけられるので、へー、田舎って、日本人もインディアンもまるでおんなじ感覚なんだなぁ、なんて妙に感心してしまいます。
「ゆき、どれでも好きなの持っていっていいからさ、インディアンのワイフを貰えよ」
海上バスのロイじいさんも、顔を合わせるたびにそう言います。
ふーんだ、どれでもいいなんて言っちゃってさ、一番きれいどころでいい
「やーですよ。女房なんて貰ったら、釣りに行くなー、とか、ちゃんと働けー、とか、子供と遊べー、とか、どこにいたって無線で怒鳴り散らして、ぜーったいに偉そうに仕切ろうとしてくるに決まってるもん」
そう言うと、みんな思い当たるフシが痛いほどあるので、苦笑いして、とりあえずはまぁ引き下がってくれます(ふふふ、だてに無線を聞いちゃいないっすよ)。
しかしホント、誰も彼もが同じ事を言ってくるのでもう、うるさい! 最近では具体的な名前まで挙げられて結婚を勧められることもしょっちゅうです。なかでもやたらと勧められるのがアンナ(仮名)という女性です。
また今日もアンナ(仮名)を貰えと勧められました。
「アンナは
それにしても、むうう、いらないって言ってんのに「会ったこともないのにいやだ」て何度も言ってんのに、ストアのおやじまで「アンナほどいいのはなかなかいないぞ」なんてことを言いだしたので、もう! 怒った。
「そんなイイ女なのになんで今になっても結婚もしてないし彼氏もいないのさ?」
おやじ、言葉に詰まる。そして、
「そ、そりゃあ……、お前……、ブスだからだよ」
あははーっ!
うん、なんかね、答え知ってたような気がするー。だって日本でもこういう時って必ずそうだったもん。そして、すごいデブ? やっぱり?
「いや、だから嫁さんにするにはもってこいなんだよ」
「???」
「わからない? だって誰もお前から
そ、そんなになの? 涙腺、ゆるむ(さらにちょっと、興味わく)。
いつもぼくにカニやウニをじゃんじゃん持ってきてくれるとっても親切なインディアン、サミーまで「アンナを貰えよ」と言ってきました。
「ふぅん、アンナアンナってみんな言うけど、その人、
「ん、アンナか? 三十後半くらいだったかな?」
ふ、「あのさ、その人、孫いるでしょ」
「う……、そりゃあ……、いっぱいいるさ」
やっぱりね。インディアンてさ、三十過ぎたら孫いるんですよねぇ、しかもたくさん。
「でもいいか? アンナはな、いつもぴっちぴちのパンツをはいてんだぞ?」
「それって、いいの? わるいの?」
「いいとか悪いとかいう話じゃなくって、尖ったものを持ってそばに行っちゃいけないって、そう言ってるんだ。もし間違ってパンツを突っついちゃったらどーするんだよ。破裂して飛んでっちゃうかも知れないだろ? アンナがいなくなっちゃったら、みんな困るじゃないか」
ゲラゲラゲラ。も、なんの話ですか、あはは、あはははー(お腹いたいよ)。
ぼくが始めてフローレス島で年を越したのが二〇〇一年の冬で、明けて二〇〇二年の春先頃からですかね、インディアン居留地アホーザット村(アホーザット・バンド)の村議会では、毎年「ゆきを正式なアホーザット村のインディアン(バンドメンバー)にしてしまおう」という議題が話し合われるようになったといいます。
「明日っからゆきも俺達インディアンの正式メンバーだな」
と輸送船コマンドパフォーマンス号乗組員のトム・フランクに話しかけられると、ああ今年ももうそんな季節か……春も近いね、なんて、ぼくにとってはすっかり季節の風物詩みたいな感じになっちゃった。
そのたび「ぼくまだ、来てから二年半くらいしか経ってないですけどねぇ」とか(四年以上の居住実績が必要らしい)、四年を超えてからは、「ぼくカナダ人どころか、永住権だって持ってないのに、それ飛び越えてバンドメンバーってのありなんですかねぇ」とかトムに返事をしておくと、その日のうちにヨソモンが大嫌いな反対勢力に伝わって、翌日の議会での反撃にあって、「決定していたゆきのバンドメンバー入りは保留」という結果になるのが、毎年のことでした。
(それで最近は賛成派がヨメさんをごり押ししてきてる、てことなのかな)
そうやってのらりくらりとかわしていたのは、べつにインディアンになるのが嫌なわけではなかったんです。むしろ、インディアンと結婚しているわけでもなくバンドメンバーに迎えられるということは、たぶん世界でも例のないたいへん名誉なことだと思います。
でもさ……、ぼく……、
ただの日本人でいたいんだもん。てか日本人である以外はな~んの名誉も肩書きもいらないの。だってそのほうがカッコイイじゃん。
と言いつつ、そりゃあ、ホントにきれいなお嫁さんを目の前でちらつかされたりしてたんだったら、心は揺れてたと思うんだけどさ……。で、その超かわい子ちゃんにこんなん言われたら、落ちてたかも。
(声優の金本寿子さんの声で)
キミも「インディアンにならなイカ!?」
おわり