第34話 お人好しサミー

文字数 2,073文字

 四月の冷たい雨の中、これからお昼ご飯というときに、いつも親切にしてくれるインディアンのサミーが、引き潮の段差で急坂になっているうちの目の前の浮き桟橋を、大きなバッテリーを抱えてふうふう言いながら上がってきました。

「どうしたのサミー?」
「よう、相棒……ふうふう、このバッテリー、丘の上まで運ぶの手伝ってくれないかな」
 ん? 丘の上ねぇ。そういえば丘の上の藪の中には、うち捨てられたピックアップトラックがあった筈です。

「サミー、あのトラック、動かそうっての?」
「そうだよ。キースに製材用の丸太を売ったのに、全然代金を支払わないから文句言ったら、代わりにあのピックアップトラックをくれるって言うから、取りに来たんだ」

 ふぅん、サミー、騙されてるんじゃないかなぁ。製材をやっているのはお隣のストアの息子のキースですけど、キースにはぼくもいつも痛い目にあわされてばかりいるんですよねぇ。
 あのトラック、五年前には確かに走ってるとこ見たことあるけど、その後ずっと藪の中に放っぽってあるっていうのは、バッテリー換えたから動くってレベルじゃないんじゃないの? ま、いっか。

「じゃ、いま、一輪車出すよ」
 バッテリーを一輪車に乗せ、二人で交代で一輪車を押しながら、丘の上の藪の中へ、掻き分け掻き分けエッサホイサと突入して行きました。あ、あったあった、ピックアップトラック。しかし、ねぇ、これ、いかにもボロじゃん。動くのかねぇ?

 トラックの荷台にはビールの空き瓶がごちゃごちゃ満載されてて、ものすごい悪臭を放っています。
 「見ろよ、ユキ。この空き瓶だけでも、リカーストアに持っていけば二百ドル分くらいにはなるぜ」
 ってサミーは言うけど、そうかなぁ、三十ドルとか、せいぜい五十ドルくらいってとこじゃないかなぁ。どっちにしても、なんか無理矢理自分を慰めているようにしか聞こえないです。

 さて、早速バッテリーを交換しました。すると線を繋いだ途端にジジジッ、て怪しい煙が出てきました。
 「ちょっとサミー、ショートしてるよ?」
「ええ? おっかしいなぁ。なんだなんだ?」
 さんざん悩んだ挙句、
「ああ! ユキ、これバッテリータイプがLとRと違うやつだぜ。プラスとマイナス、間違えて繋いでたよ」㊟
 もう! 平気かなぁ。

「そうだ、ラジエターに水入れよう」
 サミーは荷台に載っていたポリタンクの水をラジエターに入れようとし始めました。そんな怪しい水、入れちゃっていいのサミー? てか、ラジエターの中、ひどく錆び付いてて、水が怪しかろうがなんだろうが、ろくに入ってきゃしないんですがね。

「いいや、よし、ユキ、エンジン、スタートさせてみようぜ」
「でもサミー、これガソリン入ってんのかな」
「ああ、そうだな」
 サミーはまた悪臭の荷台をごちゃごちゃ引っ掻き回して洗剤のスプレーを発見し、キースの製材所まで行ってその容器の中にガソリンを入れて戻ってきました。
「キースがなんか言ったらよ、ユキが製材所からガソリン盗めばいいって言ったって言うからな」
 ちぇっ、べつにいいけど?

 そしてエンジンのエアフィルターの蓋を取り、キャブレターを剥き出しにすると、
「俺がキャブにガソリンを吹き付けるから、それに合わせてキー、回してくれよ」
 ふぅん。いいけど、平気かなぁ。

「よし、いいぞ、回せ」
 プシュプシュプシュ、グインインインイン……
 「もう一回」
 プシュプシュプシュ、グインインインイン……

 五~六回試した頃、あれ? サミーが妙に静か。で、ボンネットの隙間から何かがチロチロと揺れて……、て、わー! 火じゃん! 燃えてるじゃん!
「サミー! ファイヤー! ファイヤー!」
 ボーっと火なんか見つめて頭真っ白にしてる場合じゃないでしょ? 二人してあたふたバタバタ、どうにか消し止めました。

 もう! 爆死するかと思ったよ。それに、ガーン、そのドタバタの間に、ウェストバッグに入れて持ち歩いていた電話の子機のアンテナ、根元から折れてどっかにすっ飛んじゃった。ああ~、大事な商売道具がぁ~。
 結局その日はあきらめて、ストアの前まで降りてきました。

 キースも交えて「いやぁ、タンクにガソリン入ってなくてよかったよねぇ」なんて話してたら、ストアのオヤジが「ふん、ガソリンが空もなにも、あのボロトラックにゃ元々ガソリンタンクなんか付いちゃいねぇんだよ。うんと昔に腐れ落ちて、そこいらの藪の中に転がってらぁ」

 え? ……サミーとぼく、顔見合わせて、口あんぐり。あ・き・れ・たぁ~。
 「おいキース、そんな話、聞いてねぇぞ」
 でもサミーはそのまま笑って帰って行っちゃいました。どこかでガソリンタンク、探してくるって。
 人がよすぎなんじゃない?

。。。。。。。
㊟車のバッテリーは、まるっきり同じ形に見えるバッテリーでも、+極と-極の配置には左右が逆の2種類があります。品番の最後がLなら+が左、Rなら右です。サミーはこのLとRを確認せずに、もともとついていたバッテリーとは反対のバッテリーを持ってきて繋いでしまったためショートしたのです。
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