第39話 ポトラッチに行く

文字数 1,596文字

 さすが北海道よりも緯度が高いカナダですから、十月にもなると日が暮れるのがぐんと早くなりました。
 夜八時半に外が真っ暗でも、東京にいたら当たり前なのに、カナダの生活が長くなると、とっても日が短くなったなぁ、とびっくりしている自分にあらためてびっくりしてしまったりしています。
 ぼくはその十月一日夜八時半に、真っ暗だなぁ、とびっくりしながら入り江の対岸のインディアン居留地、アホーザット村へひとり小舟をトコトコと走らせていたのでした。

 見上げれば満天の星空です。
 カシオペア座って、丸々すっぽり天の川の中に入っているものなんだなぁ。つまり都会の真ん中で天の川が見えなくても、カシオペア座(こいつはどこでも見えるでしょ?)を見つめていれば、それは天の川を見つめていることにもなるのかなぁ……、なぁんて、ポカーンと口を開けながら、トローリングでサーモンを狙っているよりももっとのんびりと舟を進めていたのでした (それって超スローね)。

 海中に隠れている岩々の間をすり抜け、真っ暗な桟橋に近づいてくる頃には、村から聞こえる太鼓の音があたりに木霊していました。
 今夜は村の漁業監視官、ロッキーが主催するポトラッチなのです。北西沿岸のインディアンの社会には、何か大事な決定事があるときに、外部の人たちを招いて祭礼としての大宴会を開き、その決定事の証人になってもらう、という習慣があります。その大宴会をポトラッチと呼ぶのです(ポトラッチが催される理由はその他にもいろいろとあります)。

 ポトラッチではまず人々に豪華な食事が振舞われます。日本人にも馴染み深い、ウニや数の子、牡蠣、アサリなども目にすることでしょう。サーモンやオヒョウ(大カレイ)、アメリカイチョウガニ、それから鹿やビーフなどの肉類もふんだんに振舞われることでしょう。
 今日も実は五時からディナーをはじめるからユキもおいで、と招待を受けていたのですが、他の招待客も大勢いることですし、ぼくは非常にシャイ(!)なので、豪華なただ飯をくらいにいくことには引け目を感じるので、食事が終わったあたりで顔を出そうという算段で、この時間にこそこそと村に向かっているのでした。

 太鼓の音と歌声が響き渡る会場に入ると、インディアンダンスの真っ最中でした。
 んー、あれは、熊のダンスかな? 黒いマントをまとった女性たちが輪を作り、くるりくるりと半回転を繰り返すダンスをしています。その間を、顔見知りの男のインディアンたちが、なにやら恐ろしげな動物のまねをしながら練り歩き、ときどき「ワァーッ!」と叫びます。
 ダンスの面白さと、そのワーッという叫び声につられて、会場は笑いに包まれ、招待客たちも大喜び。

 そうそう、今回のポトラッチは、外部からの招待客がホントに多かったようでした。いつもだと、ぼくは自分でも知らないうちにこんなにインディアンの知り合いがいっぱい出来ていたのか、と面食らっていたものですが、今夜は逆に、知らない顔ばかりで白人も大勢いたりして、居場所が見つけられずに困り果てたくらいでした。

 ダンスはまだまだ続きます。太鼓と歌は必ず男達の役目のようです。音頭を取るリーダーの持つ、ハクトウワシの風切り羽で作った黒い(おうぎ)と、同じくハクトウワシの尾羽で作った白い扇が、勢いよくリズムを刻んで目にも楽しい。

 女性陣たちのダンスには、多分に日本の盆踊り的要素を感じます。ダンス自体は基本的にその場で一回転、あるいは半回転、を左右にくるりくるりと繰り返すだけの単純なものがほとんどですが、それだけに、その女性の性格がもの凄く見て取れる気がするのです。単純な動きを最小限の動きでこなす人。単純な動きなのに熱く熱く燃えまくっている人。真剣なまなざし。けっこうだらだら。三拍子で回る人。四拍子で回る人。
 いやぁ、なかなか奥が深い。あっという間に夜が更けていったのでした。
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