第25話 ちゃんと働いてますってば(いやホントに)

文字数 1,605文字

 七月も半ばになると、インディアンの誰もが、毎日、三〇パウンド四〇パウンド超えのスプリングサーモン(またの呼び名をチノックサーモン、アメリカではキングサーモンともいう)を、何匹も、必ず、釣って帰ってくるので、ぼくだっていてもたっても居られなくなります。
 でも、まだ今年生まれたハチドリの雛たちが周りにいっぱい。ぼくがあげる砂糖水をあてにして何十羽も飛び回ってる。
 
 うーん、じりじり……。
 釣りに行きたいけど、ハチドリちゃん達の砂糖水も欠かしたくない。だって見て見て、このつぶらな瞳。ぼくの手元に停まってジーッと目を覗き込んできたりもするんです。うわん、きゃわいー!

 ハチドリ達はここフローレスアイランドの森で大繁殖しますが、渡り鳥ですから八月に入った辺りからはどんどん南へ移動して行き、お盆の頃にはほとんど一羽も見えなくなります。だからそれまではお腹いっぱい砂糖水を飲ませてあげたい。

 とにかくせめて二時間くらいフィーダーを放っておいても空にならないくらい数が減るまで、じーっと我慢の子で居るのだ……。
 し、しかし……、うちからほんの十五分くらいのところでコーホー(銀ジャケ)がじゃんじゃん上がり出すと、あー、もうダメ!
 お願い、一時間だけ!
 て自分にお願いして、ボートに飛び乗り現場へ急行。

 時間がないから、一番近場のポイントにエンジン全開で乗り付けたその瞬間にルアーをポイッ。二秒後にはもう掛かってる。
 んあー! 凄い勢いでラインが出て行く!
 ジーッ、ジジジィィィィーイッ! ドラグを鳴らしてリールがきしみ、竿がしなる。

 ぼくのファイトが始まったのを察知して、ホットスプリングスコーブからトッフィーノに戻るツアー会社のゾディアックがわざわざ停まって、ぼくとサーモンの闘いを観光客に見せている! んあー! 視線が熱いー!

 ウオー、凄いダイブで竿がしなる! うう、でもこれは真下じゃなくて斜めに引くから、きっとスプリングじゃなくてコーホーだな。ジャンプしないところを見ると、コーホーにしては大型だ。リールのドラグをゆるめてラインを出す。釣り針は返しを潰してあるから、ラインの緊張を保っていなければ、外れる可能性も捨てきれない。

 取り込みに焦りすぎて大物サーモンを十分疲れさせる前に一気に寄せると、フィニッシュ直前の凄い潜り込みで仕掛けを破壊された経験が何度もあるから、今回はじっくり闘ってやつの体力を奪う作戦。

 また魚影が走る。ラインが絞り出される。うわー、それにしても、観光客達の熱い視線を浴びながら、サーモンと颯爽と渡り合うぼくって、何かカッコイイんじゃない? きゃー。ああ楽しい。

 さあ、そろそろ奴もグロッギーなので、いよいよ取り込みましょうかね。海面に顔を出させて空気を吸わせる。たしか釣りキチ三平がこうやってたもん。おお、ぼくが持ってるネットじゃ入りきらない、大きく見事な銀のボディー。十パウンドクラスのコーホーだ。

 はいは~い、ちょっときついけどネットに入ってね。てネットに入れたところで大暴れ!
 バシャバシャバシャバシャッ!
 うへぇぇぇぇぇ、ああっ!
 落っことしちゃった! サーモン落っことしちゃったあ! 針に返しがないからそのままサーモン、逃げちゃった。ひゃあああああああ!

 ホェールウォッチングの観光客達が笑いながら去っていく。ギャー、悔ちいぃい。
 ぬおー、後悔する間もなく数秒後にはルアーをポイ! また二秒でヒット! こいつもでかい。また別のホェールウォッチングが見に来る。またネットに取り込んでから、落とした。うぎゃああああ!

 ウォータータクシーが「お前の客が乗ってんだから商売に戻れーっ」と、無線も使わず大声で叫びながら横を通り過ぎる。んあー、仕方ない。でも最後の一投。即ヒット!
 今度はルアーを掴んで一気に舟にあげちゃった。でっかいコーホー、あーははは、今日はよく遊んだ、ニコニコ。
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