第47話 これも普段、遊んでるからこそ

文字数 1,786文字

 八月に入るといよいよいろんな収穫の季節が始まったよねー、という気がしてきます。
 サーモンは家のすぐ近くでも ひょい、と簡単に釣れるほど魚影が濃くなってくるし、森にはブルーベリー系のサラルベリーが たわわに実り、ブラックベリーも食べごろに程よく熟してきます。
 この季節、あちこちで見かける熊のウンチは、人間がゼリーやワイン用にサラルベリーの果汁を取ったあとの絞りカスそのもの。ベリーしか食べてないから、ウンチなのに香りもとーってもフレグランス。

 ぼくも熊に負けずに今の季節にサラルベリーをいっぱい摘んで、一年分の朝食用ゼリーと、果汁保存用のワインの仕込みにかからなくちゃ。
 にゃあ(去年からうちのネズミ番をしている野生猫)のお供で森でベリーを摘んでいると、まぁ、こんな生活も悪くはないかね、と、普段のたいへんさもひと時忘れて、平和な気分になってきます。ねぇ、にゃあ、楽しいね。「にゃあん」とちゃんと返事を返してくれるにゃあは実に可愛い。

 お隣のストアに顔を出すと、ストアのおやじが「お前、アサヒって何か知ってる?」と聞いてきました。
「アサヒっていったら、モーニング・サンのことですねぇ」
「ふーん、いかにも新聞の名前って感じだな」
 まぁね、それからビールの銘柄とかね。
「日本の朝日新聞ってのが、ここの土地売却の広告を日本で出さないかって電話よこしたからよ、お前に聞いてから考えようと思ってな」

 へえ? 朝日新聞? そりゃ驚いた。おやじ、日本で広告打つの? 日本の貿易黒字、バブルの頃を越えて過去最大らしいから、案外ぽんと売れたりしてね。最近ここの値段も三ミリオンに値下げしたって言ってたし、ありゃありゃ、どうなることやらねぇ。

 なにやらもやもやと考えながら家に帰りつつ、ああそうそう、ここのところ我が家ハミングバードホステルは、バンクーバーのアートクラス主催のワークショップで、キャパぎりぎり十八人の女性アーティスト達が、ホステル貸し切りで家中使って一生懸命作品制作に没頭しているから、足の踏み場もないくらいごった返してるんでした。落ち着いて思考にふけられる場所ってないなぁ。

 あ、でも確か今晩彼女らは、インディアン漁師が用意した釣りたてサッカイサーモンのインディアン式バーベキューに出かけることになっているから、漁師が迎えに来る約束の五時を過ぎれば、多少はうつらうつらできるかな。(なんだ寝るんか、と言わないように)

 ホステルに戻り、だいぶ完成に近づいてきた各アーティストたちの作品を感心しながら眺めていると、五時少し前にインディアン漁師のおっちゃんから電話がかかってきました。
「五時に迎えに行くってことでいいのかね?」
 おっちゃん、ちゃんと確認の電話を入れるなんて感心だね。ん? とは言いつつも、なんかおかしい……。おっちゃん、だんだんろれつが回らなくなってきてない? あ! おっちゃん、予定外の現金が入るってんで、まだこれからって時に酒飲んだな!? 
「おっちゃん! だいじょうぶか!?」 
「へいきへいき」

 しかし電話を切って五分もしないうちに、おっちゃんの奥さんから電話がかかってきました。
「おっちゃん、寝ちゃったって?」
 それ、だめじゃん! じゃ、魚だけでも売りなよ。え? だんなに怒られるかもしれないからヤダ? こ、この! マジかっ!
「一時間ちょうだい。なんとかする」と言っていそいそと釣り竿を準備し始めたぼくを見て、噴出しそうな不満を「ユキを信じて待て」と、主催のおばちゃん、よくぞなだめた。
 うおおっ、奇跡、見せちゃるぜぇ!

 結果、サーモンは来ず。でもそのたった一時間のうちに巨大レッドスナッパー(イエローアイ)に巨大リングコッド、でっかいロックフィッシュ適当にいっぱい(つまり一匹百ドル以上しかねない高級魚たくさん)持って帰って、
「魚さばくとこまではぼくがやりますから、あとはホステルのキッチンで自分たちで料理してくれるならお金は要りません」
 で、みんな目を丸くしてクレーム無しの大満足。

 緊急事態を円く収めたお礼に、後で主催者からDVDプレイヤーと「24シーズン4」のDVDボックスを贈られました。
 この頃には普段から余計な殺生をしないようにものすごく気を使っていたのに、それに反して魚さんたちにはまことに申し訳なかったけれど、……感謝の気持ち(DVDプレイヤー)……儲けた。
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