第58話 初春(ビギナーズラック)・後編
文字数 1,803文字
ナバホ族のパット、ヌー・チャ・ヌルス族のリチャードと共に海釣りに出かけたぼく。大波荒れ狂う外海で木の葉のように漂う鍋底船の上で、船酔いにのた打ち回りながらルアーをゆすっていたぼくの竿に、体ごと海底に持っていかれるような特大の衝撃が!!
「うわっ。きたっ」
船べりまで一瞬で持っていかれて体を叩きつけられたぼくを、二人がすぐに振り返ります。ラインは船の直下へ一直線に引っ張り込まれています。
「海底を引っ掛けたんだよ。糸、切れよ」
と冷たいパット。
「ええ? 魚だよ、これ」
じーっとラインを見詰めるパット。
「底だよ。迷惑だから切れ」
……そりゃあ、ぼくは素人だよ? そして生まれついてのプロであろう地元のインディアンがそう言うんだよ? でも……んんん? あ、パットめ、ナイフ持って近寄ってくるなよ。やめろやめろーっ!
「パット、ぼくのライン三十フィートも無いんだってば。だから絶対、底じゃないって」
「俺はライン見ればわかるんだよ」
「言いたいことは分かるって。ただ一直線に引っ張り込まれてるだけだってんだろ?」
と必死にパットを近寄らせまいとしているところに「ゴッゴン!」という二段の大衝撃!
「魚だ! ぜったい!」
「これが魚だったら上げるのに一時間はかかるぜ」と冷ややかなパット。
くっそー。それにしても、これどーしたらいいんだ? ものすごい力で引っ張り続けられているから、ラインは限界まで伸びきり、安物プラスチックのリールはひしゃげちゃって使い物になりません。
さすがにリチャードが我慢しきれなくなってぼくの横に飛んできてくれました。
「よし、俺がラインを手繰り寄せるから、その分ずつリールに巻いていけ」
ええ? そんなことしたら糸、切れちゃうよ。
リチャードはシャツを脱いで手に巻き、その手でぼくのラインを掴んでぐいぐい引っ張り始めました。
「こ、りゃあ、でかいぞ」
パット「魚か?」
リチャード「魚だ!」
とにかくすごいパワーで引っ張られるので、リチャードはぜいぜいと汗だくでもうすでに何分も格闘しています。
「よぉ、このまま流されて行って岩に当たったら困るから糸切っちゃえよ」
て、パットめ、ヤなやつだな!
その時、船の数メートル先の海面から、巨大な魚が一瞬エラの辺りまで顔を空に突き出したんです。
真っ赤に! いやメタリックレッドに輝くモンスター! 銀色のはずの顔が怒りで赤く染まった王様! 王様! 王様! 王様サーモン!
王様は再びドカンと船底に向かってもぐりこみ、リチャードとの熾烈な力比べが始まりました。一回水上に顔を出したんだから勝負はついたのかと思ったのに、それからがまた長かった。
しかしいよいよその輝く魚体は船べりまで引きずり出されました。これが日本のカジキマグロ漁だったら「恵 ~比寿 っ!」と叫びながら、魚の頬に素手のパンチを叩き込むところです。でもこいつは銛が刺さっているわけでもなく、電気ショックを食らわせたわけでもありません。この後 数々のサーモンたちとの激闘を体験してきた未来のぼくに言わせれば、勝負はまだまだここからです! 船にホントに上げっちまうまでは決着はつかないのです。
それがよく分かっているリチャードは、ぼくが流木から手作りしてパットにせせら笑われたギャフを手にして「俺が決めてもいいか?」と遠慮がちに聞きました。いっちばん難しいところでもあるのです。
「やってくれ」
流木に締め付けたホースクランプのボルトで脳天に一撃を食らわせると、サーモンの目がクルッとひっくり返りました。ギャフを持ち替え、フック代わりの釘を脳に打ち込み、船に引っ張りあげたところで勝負は決しました。
一メートルと三センチ。十三キロのキングサーモン。
大興奮のリチャードは、「ゆきが男になったぞ!」と村全体が聞いている無線機に向かってわめき散らしました。すぐに奥さんのデニースから切れた声で、「あんたいつまで遊んでんの! とっとと帰ってきて子供のお守りしなさいよ!」とわめき返され、無線の電源切っちゃった。
それ、昼間の四時半頃だったんですけど、リチャードもパットも意地になっちゃって、夜九時過ぎまで、島に戻ってくれなかった。
ホステルに来ていたお客さん達、マネージャー不在なもんで怒っていたけど、サーモンあげたら大喜びで、円く収まりほっとしました。
今度は一人で釣り上げてやる。待ってろよ~、王様サーモン!
「うわっ。きたっ」
船べりまで一瞬で持っていかれて体を叩きつけられたぼくを、二人がすぐに振り返ります。ラインは船の直下へ一直線に引っ張り込まれています。
「海底を引っ掛けたんだよ。糸、切れよ」
と冷たいパット。
「ええ? 魚だよ、これ」
じーっとラインを見詰めるパット。
「底だよ。迷惑だから切れ」
……そりゃあ、ぼくは素人だよ? そして生まれついてのプロであろう地元のインディアンがそう言うんだよ? でも……んんん? あ、パットめ、ナイフ持って近寄ってくるなよ。やめろやめろーっ!
「パット、ぼくのライン三十フィートも無いんだってば。だから絶対、底じゃないって」
「俺はライン見ればわかるんだよ」
「言いたいことは分かるって。ただ一直線に引っ張り込まれてるだけだってんだろ?」
と必死にパットを近寄らせまいとしているところに「ゴッゴン!」という二段の大衝撃!
「魚だ! ぜったい!」
「これが魚だったら上げるのに一時間はかかるぜ」と冷ややかなパット。
くっそー。それにしても、これどーしたらいいんだ? ものすごい力で引っ張り続けられているから、ラインは限界まで伸びきり、安物プラスチックのリールはひしゃげちゃって使い物になりません。
さすがにリチャードが我慢しきれなくなってぼくの横に飛んできてくれました。
「よし、俺がラインを手繰り寄せるから、その分ずつリールに巻いていけ」
ええ? そんなことしたら糸、切れちゃうよ。
リチャードはシャツを脱いで手に巻き、その手でぼくのラインを掴んでぐいぐい引っ張り始めました。
「こ、りゃあ、でかいぞ」
パット「魚か?」
リチャード「魚だ!」
とにかくすごいパワーで引っ張られるので、リチャードはぜいぜいと汗だくでもうすでに何分も格闘しています。
「よぉ、このまま流されて行って岩に当たったら困るから糸切っちゃえよ」
て、パットめ、ヤなやつだな!
その時、船の数メートル先の海面から、巨大な魚が一瞬エラの辺りまで顔を空に突き出したんです。
真っ赤に! いやメタリックレッドに輝くモンスター! 銀色のはずの顔が怒りで赤く染まった王様! 王様! 王様! 王様サーモン!
王様は再びドカンと船底に向かってもぐりこみ、リチャードとの熾烈な力比べが始まりました。一回水上に顔を出したんだから勝負はついたのかと思ったのに、それからがまた長かった。
しかしいよいよその輝く魚体は船べりまで引きずり出されました。これが日本のカジキマグロ漁だったら「
それがよく分かっているリチャードは、ぼくが流木から手作りしてパットにせせら笑われたギャフを手にして「俺が決めてもいいか?」と遠慮がちに聞きました。いっちばん難しいところでもあるのです。
「やってくれ」
流木に締め付けたホースクランプのボルトで脳天に一撃を食らわせると、サーモンの目がクルッとひっくり返りました。ギャフを持ち替え、フック代わりの釘を脳に打ち込み、船に引っ張りあげたところで勝負は決しました。
一メートルと三センチ。十三キロのキングサーモン。
大興奮のリチャードは、「ゆきが男になったぞ!」と村全体が聞いている無線機に向かってわめき散らしました。すぐに奥さんのデニースから切れた声で、「あんたいつまで遊んでんの! とっとと帰ってきて子供のお守りしなさいよ!」とわめき返され、無線の電源切っちゃった。
それ、昼間の四時半頃だったんですけど、リチャードもパットも意地になっちゃって、夜九時過ぎまで、島に戻ってくれなかった。
ホステルに来ていたお客さん達、マネージャー不在なもんで怒っていたけど、サーモンあげたら大喜びで、円く収まりほっとしました。
今度は一人で釣り上げてやる。待ってろよ~、王様サーモン!