第36話 インディアン村の運動会 

文字数 1,711文字

 四月半ばの暴風雨(ストーム)が終わった途端からたぶん子育てのためにほとんど姿を見せなくなっていたハチドリたちが、さすがに七月ともなると、今度は新しく巣立った若鳥たちで、爆発的な増え方をしてきました。今は三つのフィーダーを使ってるんですが、一番人気の八オンス(二五〇ccくらい)のフィーダーなんか、三十分くらいで空になります。

 元々みんなまだ体の小さなチビチビちゃんたちばかりですが、中にはフィーダーの止まり木の吸い口のまん前に止まっていながら、ただひたすらに大きく口を開けて「チーッ……、チーッ……」と周りのハチドリたちに餌をねだってばかりの子もいます。もこもこ産毛のいかにも甘えんぼちゃん。そのうち他のハチドリたちに蹴り落とされちゃうんでしょうけど、あんなんで大丈夫かなぁ、と心配しちゃいます。

 そうやってただポケーッとハチドリたちを眺めているところへ、仲良しのインディアン、サミーから電話がかかってきました。
「よう相棒。俺、彫刻作ったんだぜ。見に来いよ。それと今日から村の運動会だぜ。バスケットとかバレーとか種目もいっぱいあるから、ユキもなんかのチームに入れよ」

 そうだねぇ、けど運動会って、チーム競技は、勝ってたら三日も四日も続くって言ってたよねぇ? とてもじゃないけど、そんなに商売から離れられないんだよねぇ。
「サミーはなんか出るの?」
「俺は高みの見物さ。俺んち、学校のグラウンドの横だろ。ソファーに寝っ転がりながらでも全部見えるから、超特等席だぜ」
「ふぅん、そりゃいいねぇ。とにかくあとで彫刻見に行くよ」

 ホステルの掃除洗濯、一通り終えて、ハチドリのフィーダーも満タンにして、電話機持って無線機持ってデジカメ持って、それからえーと、サミーに見せたい書類も持って……、結構ゴテゴテといろんな物身につけた格好で、入り江の向かいにあるインディアンビレッジにボートを飛ばして行きました。

 学校のグラウンドを横切ると、ちょうど子供たちの徒競走の真っ最中です。ヨーイ、ドン! で可愛らしいのが一生懸命走っています。スピーカーから実況中継が流れてたりして、なかなかの盛り上がりをみせていました。

 グラウンド横のサミーの家で、コーヒーやらアップルパイやらご馳走になり、運動会を眺めつつ、サミーが彫ったカレイ(ハリバット)(魚)のボールや蝶々のボール(羽のデザインが狼になっている)を見せてもらいました。

「ユキ、俺、ちょっと出かけてくるぜ」
 突然サミーがそう言い出したけど、うん、実はぼくもハチドリのフィーダーが心配でそろそろ帰りたかったからちょうどいいです。
 なぜかTシャツ短パンの身軽な服装に着替えたサミーと外に出ました。

「裏から行こうぜ」
 と言うサミーの後ろに着いて行くと、ああ、サミーんちの裏って、ちょうど一〇〇メートル走のスタート地点だったのね。

 観客たちから「ユーッキーッ!」とぼくの名を呼ぶ声援が聞こえてきました。なんだかよく分からないけど適当に手を振って声援にこたえて、ん? でも何でみんなぼくがここにいるの知ってんの? あ、スタートラインで審判してるの、村のアーティストでぼくの釣り仲間のカートじゃない。彼が無線で実況席に伝えてるのか。え? 実況放送?

 “さぁ次のレースは三十五歳~三十九歳の一〇〇メートル。フィジーからの刺客、南海の黒豹、エ~マ~! カナダの誇り、白い宗教家、マ~ット~! そして我等が従兄弟、日本生まれのハミングバード、ユ~キ~!”
 って、え? ええ~っ!?

 ぼく、走んの!? スタートラインにつけって? わー、待って待って。身につけていた電話機やら無線機やらデジカメやら慌ててはずして、ぶくぶく着込んでいた上着脱いで、はい、いいよ、て、え? もうヨーイドン?

 おりゃあああ! スタートダッシュでトップにたった! おりゃおりゃああああ、ああ、でも途中でフィジーの黒豹に前に出られた。
 くっそー、まくっちゃる、おりゃおりゃあ! と思ったらゴール前で白い宗教家にまくられた。結果ビリ。三等だけどつまり、ビリ!
 うわぁん、くやちぃ~。くっそー、マジかよ。

 そしてそれから十日経っても、まだ筋肉痛で体ガタガタ……なさけね~。
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