タムの結婚(14)──洞窟の漂流者たち

文字数 3,154文字

 ルカラシー・ドルゴンズと、彼を追って同じく洞窟に舞い戻ってきたキッパータック。しかし二人ともあえなく「お縄」となり、並んで座らされた。
「逃げといてよ、なぁーんでこいつは戻ってくるんだよ!」ガット・ピペリは奇々怪々な謎にいらつきを爆発させた。「しかも、憎きルカラシー・ドルゴンズまで連れてきやがって!」
 隣でアミアンスがルカラシーが持ち込んだ写真を検分し、こちらも不服そうに唇を曲げる。「これがレイサさんの親父さんねぇ。ま、アタシらにわっかるわけないよ。絵画も売買価格しか興味ないしね」
「だいたいよ」ガットは薄目を開けて、照準のようにルカラシーに向ける。「親父さんを追い出したのおまえだろうが」
「そのことも謝罪させてほしいんです」とルカラシーは訴える。
 彼ら四名は〈第一コンコース〉──巨大樹のような石柱が中央に聳える広場──にいた。そこにできた洞口の一つが、タムとレイサ、つまりフォンス夫妻が住む高級マンションの管理室に繋がっている。
 小一時間ぐらい時が経ち、マジック・ケーヴにタム・ゼブラスソーンとコナリアン・デュオが到着する。タムは黒い中折れ帽を目深に被り布マスクで顔を隠していて、モスグリーンのチェスターコートを着ていた。キッパータックは五十嵐(いがらし)邸でのパーティーのときに彼の素顔を目撃したはずであったが、マスクと帽子の隙間から覗く目といい重厚な雰囲気といい、まるで別人と対峙している気がするのだった。
 アミアンスが二人に写真立てを渡す。タムは食い入るように見つめ、握った写真を振り下ろす。
「間違いない、こいつはレイサの親父さんだ」
「へえ」とコナリアン。「おれたちの代わりに探してくださるとは殊勝(しゅしょう)なことで。しかし、こいつらが偶然マジック・ケーヴの出入口を見つけだしたという話は気に入らない」
「この二人にも金色の光が見えるとか?」とタム。
「だとしたら、やばいね」
 コナリアンはルカラシーのコートの襟を掴むと上体がのけぞるまで押した。
「この洞窟を知った者をタダで帰すわけにはいかないな。答え方には気をつけた方がいいぞ? どうやってここのことを知り、この大庭主を助けだした?」
「ラウラが教えてくれた」とルカラシーは仰向いた状態のまま答えた。
「ラウラ? 占星術師かなにかか?」
「うちの庭園の塔に住む幽霊だ」
 一瞬の間の後、悪党たちは笑いだした。コナリアンだけ、「おまんまの食い上げだ」という顔で手を離すと首を振った。
「この洞窟こそが幽霊よ。永遠に東アジアの漂流船としてゆらゆらフラフラと航海するつもりさ。その幽霊はなにか? おれたちが庭園を襲撃したことにご立腹で、おれたちを追い詰めるつもりとか?」
「さっきそいつらにも言ったとおり、警察にはまだ連絡していない」
 ルカラシーの真剣そのものである語気を受けて、気まずげに俯くキッパータック。(まったく知らせていないわけじゃない……。でも、泥棒たちはきっと用心して、自分たちにバレた通路は潰すだろうから、どのみち助けは望めないんだ……)

「もう一人、捕まっているんでしょう? その大庭主はどちらにいらっしゃるんですか?」ルカラシーが質問すると、ガットが怒鳴りだす。
「おまえなぁ、ちっとは遠慮というものを知れよ! さっきから、レイサさんに会わせろとか、警察には連絡してないとか、どの立場で物を言ってやがる」
 コナリアンはガットにてのひらを向けて鎮まらせると、ルカラシーに薄笑いを突きつける。「福田江(ふくだえ)(まもる)のことを言っているのかな? 彼を心配する気持ちはよーくわかるよ。このままおれたちが無事漂流を続けるには、おまえたちやどこぞの幽霊が偶然見つけてしまった出入口は全部潰して、おまえら三人を一生この洞窟に閉じ込めておく、という考えに至るかもしれないからな。警察に連絡しようがしまいが関係ないのさ」
「くぅ……」キッパータックはそのあまりの未来に苦悶の声をもらす。
「おい、タム」コナリアンはタムの真横に戻ると、手の甲でタムの脇腹をぽんと叩く。「あの怖いもの知らずの青二才をどうするね? 親父さんの遺骨の場所ぐらいこちらでも探せるし、今すぐ火口に放りだせというならおれたちでやっとくけど?」
「ああ」タムは首肯(しゅこう)した。


 ルカラシーはロープで手首を縛られたまま目隠しをされ、立たされ、歩かされた。耳に響く靴音は二つ。腕にかかる圧倒的な握力。引き立てられて向かう先になにが待つのか。靴裏に敷居がぶつかったことがわかったので、どうやら、屋内に移ってきたらしい。
 目隠しが外されると、目の前にドアがあった。隣にいたのはタムで、帽子を脱ぐと、至近距離からルカラシーを()めつけてきた。
「いいか、おれはおまえの望みを叶えてやるんじゃない」マスクがずれていて、荒い息がかかる。「すべてレイサのためだ。もしレイサが望まないようなことをおまえがやるなら、おまえの末路は親父さんよりひどいと思え」
「わかった」とルカラシーはかすれ声で返答した。
 ドアが開かれると、そこは応接間だった。染み込んだ年月と埃、それでも減じることない高級感が漂う小部屋。わずかに鼻を掠める程度のお香の香り。丸いコーヒーテーブルの向こう側、肘掛け椅子に体を斜めに預けているレイサ・フルークは、ドールハウスの人形のように静かだった。タムはルカラシーの体を(はす)向かいの椅子に押し込むと、言った。
「レイサ、二人で大丈夫か?」
「ええ」
 タムはテーブルに写真立てを預け、最後にもう一度だけルカラシーを睨みつけると、荒々しげに出ていった。ドアが閉まる音。
「レイサ・フルークさん」ルカラシーが口を切る。拘束されている体で平身低頭する。「以前、福田江さんのご自宅にお手紙も送らせていただきましたが、お父様のこと、本当にすみませんでした」
 レイサは手を伸ばすと、写真立てを取った。長い時間見つめてから、静かで強烈な苦悶に耐えるために目をきつく閉じる。
「父さん……」
 ルカラシーは、ラクトゥーカ研究所でクニゲート・ワンから聞いた話をそのまま伝えた。林で倒れていたこと、職も住居もない状態であったこと、ジャックと名乗って研究所の手伝いを三年ほど務めていたこと。肺炎をこじらせ亡くなり、ワンの知る霊堂に遺骨が安置されていること。
「なぜ……」レイサは頭を押さえて震えながら答えた。「なにも悪いことをしていないなら、名前を偽る必要なんてない。私の前から姿を消す必要も。なんでそんな惨めな生活を」
「お父様をそういうところに追い込んだのは私です」
「そうよ、」レイサはキッと顔をあげた。「あなたがきちんと調べもせずに父を犯人と疑ったから。どんな根拠があったって言うの? ……父はあなたに絵を気に入られて、あなたの庭園に雇われたことを誇りに思ってた。私に送られてくる手紙にも、庭園隠者として過ごしている毎日のことを、『これ以上ない喜びだ』って綴っていたわ。ルカラシーさんは恩人だって……」
 レイサは落涙の重みで、ルカラシーは慚愧(ざんき)の念で互いに見合っていられなくなり、うつむいた。
「最後にもらった手紙には」レイサは指で涙を押さえてから、続けた。「あなたのお母さんのドレスが汚されて、犯人と疑われてしまった、でも絶対にそんな愚かなことはしていないから、信じてほしいと書いてあった。生活が豊かでないせいでいっぱい不自由を味わわせたけど、施設に会いに行けばいつでも笑顔を見せて、恨みごとも言わずにいてくれた──その娘の私の気持ちは、永遠に裏切ることはできないものだって」
「私も、あなたのお父様を疑ってはいませんでした」
「はあ? 今さらなによ」レイサは顔を歪めた。「私が知っている事実と違うわ」
「それは……」ルカラシーはまっすぐ向き直ると言った。「あの日起こったことをすべてお話しします」
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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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