ティー・レモン氏の空中庭園(9)──脱出ゲーム
文字数 1,618文字
「……てなわけでよ、おれはしばらくその小屋で浮浪者のじいさんの厄介になることにしたんだが、腹減って腹減って仕方なくてな。じいさん、自分が取ってきた食いもんはちょっとしかくれねえし。いつか、公園の炊き出しで食った、あのミイラ男が作ったスープは最高にうまかったなあ。具は玉ねぎと豆だけで、それに文句言ってたやつもいたけどよ。あんなにうまいスープとはもう生涯出会えねえかもしれないな」
「それってピッポ君のスープだな」と樹伸 。
「ああ、」ガットは頷 いた。「だから、あいつの庭はおれたち襲撃してねえんだよ。まあ、庭も庭で荒れ果てたような感じで盗めるものもなさそうだしな。一度、あいつの替えの包帯を盗もうかって話は出たんだが、何人かが反対した。タムさんも、『あいつは自分は透明人間だと吹聴 してるみたいだ。冗談とは思えない薄気味悪さを感じる。そこには触れない方がいいだろう』ってね。それにスープも、『あれを二度と作れないよう封印してやるのもおもしろそうだが、あいつはまた別のスープを作りやがるかもしれない』って言ってた。それだけの腕はあるやつだよな。腕を奪っちまうわけにもいかねえから、第五番大庭を襲う話はそのまま立ち消えとなったわけだよ」
「そんな分別があるんだったらほかの大庭を襲うのもやめてくれないかな」樹伸が疲れた息を吐いた。
そこへ「兄さーん」と顔を綻 ばせながらスィーが現れた。ミリタリールックの細身の女とともに厨房へと続いている扉からである。
「スィー! おまえ──」
「みんなで脱出ゲームをやってるんだって? 僕も仲間に入れてよ」
「脱出!? ばかっ、なにを言ってるんだ」
「もう遅いよ」奇妙なメイクで人相を隠した女はスィーの体をくるりと返して、彼も同じように後ろ手で縛られていることを知らせた。
「ああっ、なんてことだ──」
女がスィーをキィーの隣に座らせ、彼の足もテープでぐるぐる巻きにした。スィーはなにをされているときも嫌々ではなくほぼ協力的に動いているように見えた。
ガットと女は小声で話し合った。そして「おまえたち、変なまねするなよ。すぐ戻るからな」という言葉を残して、スィーが来た扉へと歩いていった。
「子どもたちは?」悪党たちが去るとレモンが訊いた。「一緒じゃなかったのか?」
「一緒だったよ、さっきまで」とスィー。「兄さんが頼んだ出張ピエロさんとずっとかくれんぼして遊んでてね。でも僕、喉が渇いちゃって。それでジュースでももらおうと柊 のところへ行ったら、みんな縛られてるじゃないか! で、みんなは脱出ゲームをやってるんだって聞いて、こっちの方がおもしろそうだから僕も加えてもらったのさ」
「おまえー」運命の酸いを絞 りだすようなレモンの声。「これはゲームじゃない。見てわからんのか」
「今のうちになんとかできないかな」キィーが言った。「あいつらがいないうちに」
「あっ、これ」樹伸が床の上を見て言った。「ナイフがある!」
全員の視線がナイフに集まった。突然に小型ナイフが現れでたのである。
すぐにキッパータックが気づいて言った。「だめです、若取さん。これ、蜘蛛 ですよ。蜘蛛の変身です」
「なんだ、そうか」
「なるほど」キィーが言った。「このナイフであの悪党を刺せということか!」
「こらっ」レモンがキィーを叱りつけた。「物騒 なことを言うんじゃない。私たちを縛っているロープを切るんだよ」
「できませんよ」キッパータックが言った。「見た目はナイフそっくりですけど、蜘蛛の体なんですから。物を切れるような鋭さはありません」
「どっちにしろ手を縛られてるんだから無理じゃないか?」樹伸が言うと、一同はたしかに、という空気になり、まとまったため息が流れでた。
皆に一瞬の希望と失意を与えた蜘蛛は、もう用がないことに気がつくと、ばらばらになってキッパータックの懐 へ戻っていった。
「そんなに蜘蛛に這いずり回られてくすぐったくないのか?」と樹伸がそんなことを心配した。
「それってピッポ君のスープだな」と
「ああ、」ガットは
「そんな分別があるんだったらほかの大庭を襲うのもやめてくれないかな」樹伸が疲れた息を吐いた。
そこへ「兄さーん」と顔を
「スィー! おまえ──」
「みんなで脱出ゲームをやってるんだって? 僕も仲間に入れてよ」
「脱出!? ばかっ、なにを言ってるんだ」
「もう遅いよ」奇妙なメイクで人相を隠した女はスィーの体をくるりと返して、彼も同じように後ろ手で縛られていることを知らせた。
「ああっ、なんてことだ──」
女がスィーをキィーの隣に座らせ、彼の足もテープでぐるぐる巻きにした。スィーはなにをされているときも嫌々ではなくほぼ協力的に動いているように見えた。
ガットと女は小声で話し合った。そして「おまえたち、変なまねするなよ。すぐ戻るからな」という言葉を残して、スィーが来た扉へと歩いていった。
「子どもたちは?」悪党たちが去るとレモンが訊いた。「一緒じゃなかったのか?」
「一緒だったよ、さっきまで」とスィー。「兄さんが頼んだ出張ピエロさんとずっとかくれんぼして遊んでてね。でも僕、喉が渇いちゃって。それでジュースでももらおうと
「おまえー」運命の酸いを
「今のうちになんとかできないかな」キィーが言った。「あいつらがいないうちに」
「あっ、これ」樹伸が床の上を見て言った。「ナイフがある!」
全員の視線がナイフに集まった。突然に小型ナイフが現れでたのである。
すぐにキッパータックが気づいて言った。「だめです、若取さん。これ、
「なんだ、そうか」
「なるほど」キィーが言った。「このナイフであの悪党を刺せということか!」
「こらっ」レモンがキィーを叱りつけた。「
「できませんよ」キッパータックが言った。「見た目はナイフそっくりですけど、蜘蛛の体なんですから。物を切れるような鋭さはありません」
「どっちにしろ手を縛られてるんだから無理じゃないか?」樹伸が言うと、一同はたしかに、という空気になり、まとまったため息が流れでた。
皆に一瞬の希望と失意を与えた蜘蛛は、もう用がないことに気がつくと、ばらばらになってキッパータックの
「そんなに蜘蛛に這いずり回られてくすぐったくないのか?」と樹伸がそんなことを心配した。