ティー・レモン氏の空中庭園(14)──ピエロがくれたプレゼント

文字数 1,739文字

 スクヤに教えられた空中庭園の展望スペースへ向かった。太い柱にロープがくくりつけられていて、覗くとキッパータックがぶら下がっていた。皆の目には逆さまの後ろ姿しか見えない。
「どうやって引き上げるんだ、これ」樹伸(きのぶ)が蒼ざめた。「おーい、キッパー君、大丈夫かー?」
「早く助けないと頭に血がのぼってしまうぞ」キィーが言った。
 今度はプリンが言う。「たしか、飛んだ後に体の向きを変えるための紐があったんじゃなかったっけ? それを引くと向きが逆に、頭が上になるのよ」
「本当か? おーい、キッパー君、聞こえるかー?」樹伸が懸命に声を送る。「なんか、紐を引っ張ると体がまっすぐになるんだって。わかるかー?」
「だめです」とキィー。「彼、動いてもいやしない。もしかしたら気を失ってるのかも」
 結局、警察が来てからキッパータックは引き上げられた。悲劇のエレベーターも、例の立てこもり犯がまるで食べ物とは思えないほどの厳重な扱いを受け撤去され、アジトとなった場所はずっと止められたまま扉も開かれたままで、悪臭の元がきれいさっぱりなくなってしまうまで使用禁止となった。

 世界的にも名を馳せているレモン財閥の長、ティー・レモン氏の空中庭園が小悪党の手にかかったというなんとも喜べないニュースは、東アジア全土で報道されたのはもちろんのこと、海外メディアにも取りあげられ、インターネット・ニュースにしばらくの間不名誉な文字を浮かばせていた。
 唯一、連絡先が知られていたレモン家の使用人・カネモトだけが警察に身柄を押さえられた。白状したところによれば、数か月前から自分の郵便ボックスに妙な手紙が度々入っていて、たわいない脅し文句が虫の心臓を持つ相手のために数十倍の効果をあげたと見られ、悪党たちが塔を新しく利用したい業者の人間として見学にくる手配を彼は行ってしまい、睡眠薬を混入させた紅茶を運ぶことまで行ってしまい、騒動のさなか荷物をまとめて非常階段で逃げだすことも行ってしまったのだという。タム側から見れば大活躍であった。使用人には彼に同情する者もいなくはなかったが、塔内のカネモトの私物はあっさり片づけられてしまった。警察から辞去した後、別の職を探さなければならないだろう。

 それから、タムがスクヤとマイニに渡したプレゼント。中には板状キャンディーのおまけ、有名人カードを()した「タム・ゼブラスソーンカード」が入っていて、緑のマントを羽織ったタムが不敵な笑みを浮かべ、"アジアが誇る庭荒らし"という文が添えられていた。なんという皮肉。なんという挑発だろう。
「これって、あのピエロさんなの?」とマイニが訊いた。
「そうだよ」キィー・レモンが能面のような冷たい表情で言った。「おまえたちの大切な伯父様の美しい庭を不幸に陥れた最低最悪のピエロさ。お客様だって逆さ吊りにされたの、見ただろう?」
「あれは楽しそうだったね」とスクヤが肩をすくめて言った。
「楽しいもんか!」キィーが叫ぶ。「キッパーさんは物も言えなくなっていたんだぞ? そのカード、どうする気だ?」
「うーん……」スクヤとマイニはお互いの顔を見合った。そしてスクヤがマイニのカードを取ると自分のものと二枚合わせてポイッとゴミ入れに捨てた。「こんなカードのために必死でピエロを探してたんだと思うと泣けてきちゃうよ。ほんとに、伯父様たちが言うとおり、嫌な泥棒だね。僕たち暇じゃないのにさ」
「きっと、私たちが見つけられなかったからじゃない?」マイニはまだ信じたい様子だった。「私たちもっと成長するわ。今度は絶対見つけてみせる」
「やめてくれよ」レモンが疲れた息とともに吐いた。「そうやって警察にも見つけられないのがタムなんだ。泥棒に再び遭う今度なんていらない。ほかの方の庭も被害に遭ってほしくない。平和しかいらない」
「そんなふうに元気をなくさないでよ、伯父様」スクヤはレモンに歩み寄ると、小さな手をその丸まった肩にそっと置いた。「伯父様の庭はアジア一なんだよ? どんな目に遭ったって、それは変わらないよ」
「そうだよ、兄さん」二人の父親、スィーが言った。「僕は結構楽しかったけどな」
「今度はおまえとタムを一緒にぶら下げてやるよ」とキィーが呆れて言った。
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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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