第5話 悩める大庭主たち
文字数 2,099文字
屋敷に忍び込んだタム・ゼブラスソーンの一味に暴力を振るわれ、手足を縛られ、見知らぬ場所に放置されたらしいキッパータック。ピッポの友人・カラスのレイノルドも一緒に捕まってしまい、段ボール箱に閉じ込められている。
蓋 の隙間からレイノルドの声が洩 れてくる。
「野蛮な鳥の声、のんきな虫の声、我が物顔で無骨 な土の匂い――おれたち、山に捨てられたんだろうな。まったく、……ああ! 今週の『又聞 き法違反の女』の放送までに帰れりゃいいんだけど。保佐人グループと立木法専門弁護士との直接対決があるんだ。それから、あの女優! まばたきはしないのにセリフの途中で変な息継ぎするところがたまんないんだよな。あー、録画でもおれは構わない、全然」
キッパータックは横向きに倒れたままだった。せめて上体を起こすくらいはできないだろうかともがく。顔が土まみれになるだけでうまくいかない。
「ここはどこの山なんだろう。うちの家の近くにも小さな山があるんだ。森も。蜘蛛 たちを放してやった森だったら――」
「どこかなんて、知らねーよ」レイノルドは箱の中で苛立 ちの音を立てた。「ここに蜘蛛がいたらどうにかなるのか? 蜘蛛になにができるってんだ。あーあ、泥棒なんかほっといて帰ってたらよかったんだよな。あいつらがパクってったのは壺 だったんだからよ。あんな汚い安っぽい壺なんて、くれてやって構わなかったんだ」
キッパータックもそのときのことを脳に起こしてみた。たしかに、三人の悪人の手に壺が渡っているのを見たとき、ひどく慌てたけれども、すぐに蜘蛛は全部放してあったことを思い出したのだ。しかし、だからといって、黙って見送るわけにもいかなかった。それに蜘蛛を一匹も盗めていないことに気づいたら、やつらは再度犯罪のやり直しに来るかもしれない。
キッパータックは言った。「君の勇敢さには感謝してる。比べて僕はなにもできなかった。あいつら、色々武器も持ってたし……。早く警察に知らせたいけど、どうしたらいいのか――」
「な? 蜘蛛を飼ってたって清掃業をやってたって、なんの役にも立たないだろう? おまえの無能さには感心することしかできない。他にやることないから、しばらくその思いに浸 っていようと思う」
泥棒に遭遇してから数時間経ったのか、それとももう数日経ってしまっているのか見当もつかなかった。不思議と空腹も尿意も感じない。もしかすると、ほんの数十分気絶していただけかもしれない。
かすかに物音を拾った気がして、キッパータックは必死に体の向きを変えた。「なにか聞こえた。こっちに登ってきている気がする」
「おいおい、野犬じゃないだろーな。それか、あの泥棒たちがまだいるのか?」
「誰かいるのか?」と、男の声がした。
「助けてください! こっちです!」キッパータックは力を振り絞って声を発した。
地面が踏まれる音が段々と迫ってきた。キッパータックは秒追うごとに期待に包まれた。これでやっと解放されるのか。
五十代くらいに見える男だった。登山帽にポケットのいっぱいついたベストと作業ズボンという格好で、太い頑丈そうな杖 を握りしめていた。
縛られているキッパータックをまじまじ見ると、「君は……たしか、どっかの大庭主 じゃなかったかい?」と言った。
「キッパータックです」とキッパータックは苦しい体勢のまま見上げて答えた。
「そうそう、そんな名前の。私は岩手黔 です。五十嵐さんちのパーティーで見たことがある。――で、縛られてるみたいだけど、うちの山でなにやってるのかな。それもなにか、君がやってる手品の一種なの?」
縄をほどいてもらうと、レイノルドも箱から出して、二人と一羽は下山した。泥棒たちが彼らを放置した山は、岩手黔経正 が管理する第十三番大庭の、迷い込んだら最後、死体となるしか道はないと言われる「不帰 の山」だった。他にも見事に苔生 した尖 った岩だらけの「サボテン岩石山」に、方位磁石が狂い、体に痺 れまで感じさせる「電磁波樹海」などが名所で、「穹沙 市大庭人気ランキング」では同情票や冷やかし票を着実に集めても最下位に沈み込んでいるしかないような、不毛としか言いようのない場所。氏も住民も、観光スポットではなく危険地帯という認識を持っていた。大庭に認定されたのはゴミや命の捨て場となることを防ぐためなのだ。
「なるほど、タム・ゼブラスソーンに狙われてしまいましたか」岩手黔は自宅へと招きながら話した。「不帰の山は今出てきた登り口には防犯カメラを仕掛けてありますが、泥棒たちもそれはわかっているだろうから、おそらく、どこか別の場所から入ったんでしょうね。……しかし、手前にいてくれてよかったですよ。私が見回りするのはせいぜいあの付近、数十メートルくらいです。あれ以上奥だったらきっと声も聞こえなかっただろうし、気づかなかったでしょう。噂どおり、登山向きの山じゃないですからね。まあ、人が入れないようなところには泥棒も入らないだろうから、そいつらもあなた方を殺すつもりはなかったんでしょう。夏だから凍 えることもないし、少し怖がらせるくらいのつもりだったんじゃないかな」
「野蛮な鳥の声、のんきな虫の声、我が物顔で
キッパータックは横向きに倒れたままだった。せめて上体を起こすくらいはできないだろうかともがく。顔が土まみれになるだけでうまくいかない。
「ここはどこの山なんだろう。うちの家の近くにも小さな山があるんだ。森も。
「どこかなんて、知らねーよ」レイノルドは箱の中で
から
のキッパータックもそのときのことを脳に起こしてみた。たしかに、三人の悪人の手に壺が渡っているのを見たとき、ひどく慌てたけれども、すぐに蜘蛛は全部放してあったことを思い出したのだ。しかし、だからといって、黙って見送るわけにもいかなかった。それに蜘蛛を一匹も盗めていないことに気づいたら、やつらは再度犯罪のやり直しに来るかもしれない。
キッパータックは言った。「君の勇敢さには感謝してる。比べて僕はなにもできなかった。あいつら、色々武器も持ってたし……。早く警察に知らせたいけど、どうしたらいいのか――」
「な? 蜘蛛を飼ってたって清掃業をやってたって、なんの役にも立たないだろう? おまえの無能さには感心することしかできない。他にやることないから、しばらくその思いに
泥棒に遭遇してから数時間経ったのか、それとももう数日経ってしまっているのか見当もつかなかった。不思議と空腹も尿意も感じない。もしかすると、ほんの数十分気絶していただけかもしれない。
かすかに物音を拾った気がして、キッパータックは必死に体の向きを変えた。「なにか聞こえた。こっちに登ってきている気がする」
「おいおい、野犬じゃないだろーな。それか、あの泥棒たちがまだいるのか?」
「誰かいるのか?」と、男の声がした。
「助けてください! こっちです!」キッパータックは力を振り絞って声を発した。
地面が踏まれる音が段々と迫ってきた。キッパータックは秒追うごとに期待に包まれた。これでやっと解放されるのか。
五十代くらいに見える男だった。登山帽にポケットのいっぱいついたベストと作業ズボンという格好で、太い頑丈そうな
縛られているキッパータックをまじまじ見ると、「君は……たしか、どっかの
「キッパータックです」とキッパータックは苦しい体勢のまま見上げて答えた。
「そうそう、そんな名前の。私は
縄をほどいてもらうと、レイノルドも箱から出して、二人と一羽は下山した。泥棒たちが彼らを放置した山は、岩手黔
「なるほど、タム・ゼブラスソーンに狙われてしまいましたか」岩手黔は自宅へと招きながら話した。「不帰の山は今出てきた登り口には防犯カメラを仕掛けてありますが、泥棒たちもそれはわかっているだろうから、おそらく、どこか別の場所から入ったんでしょうね。……しかし、手前にいてくれてよかったですよ。私が見回りするのはせいぜいあの付近、数十メートルくらいです。あれ以上奥だったらきっと声も聞こえなかっただろうし、気づかなかったでしょう。噂どおり、登山向きの山じゃないですからね。まあ、人が入れないようなところには泥棒も入らないだろうから、そいつらもあなた方を殺すつもりはなかったんでしょう。夏だから