ティー・レモン氏の空中庭園(13)──さよならピエロ

文字数 1,528文字

 子どもたちは無事だった。塔の住人の目をかいくぐって、ピエロとスクヤ、マイニは庭園の展望スペースのそばにきていた。
 ゲスト用のIDカードを首に下げた出張ピエロことタム・ゼブラスソーンは、緑色に塗られた瞼に皺を寄せ、仕事をはじめて二時間目くらいのメイク係が描いたような不格好な唇でニィー、と笑って言った。「二人はとても頑張った。おれ様のことを一生懸命探してくれたな。おかげでおれ様の仲間たちがスムーズに仕事ができたと喜んでたよ。だから、お礼にプレゼントをあげよう」
 タムはてのひらに収まる小さく平らなプレゼントの箱を二つ取りだして二人に渡した。
「ありがとう」と遠慮がちに笑うスクヤ。「僕たち、君を見つけられなかったのに」
「ありがとう、オレサマ!」”おれさま”がピエロの名前だと思っているマイニ。サヨナラの予感に小さな瞳に涙をためていた。
「じゃあ、これでお別れだ」
 庭に捨てられる何枚ものIDカード。パラシュートを使って次々庭園から地上へ飛び降りていく仲間たちを追って、タムは手を振り歩きだした。

 スクヤ 「じゃあねー。また来てねー!」
 マイニ 「また来てねー、忘れないでー、絶対よー、オレサマー」
 キッパータック 「ああっ、やめて、やめてください!」
 タム 「二人とも、元気にしてるんだよ。これからもいい子でな」
 スクヤ 「うん、今度は絶対、かくれんぼ負けないからね」
 キッパータック 「だめだ、無理! 死んじゃうかもしれない」
 マイニ 「バイバーイ、オレサマも元気でねー」
 タム 「バァイ!」
 キッパータック 「あああああ! うわぁあああああ────」

 スクヤとマイニがあっさり戻ってきたので、抱きしめた後、レモンたちは厨房へ向かった。スィーが言ったとおりこちらも全員レモンたちと同様に縛られていて、食材や道具がひっくり返されていた。
(ひいらぎ)!」レモンは料理長・柊に飛びつくと抱きしめた。「すまなかった、怖い思いをさせて」
「いえ、大丈夫です、レモンさん」柊は涙をこぼした。「こちらこそ失態を。カネモトが運んできた紅茶を不審に思いながらも、飲んでしまいました。薬が仕込まれていたなんて」
「そういえばあいつ、どこへ行ったんだ?」キィーが恨みを込めて言った。「まさかタムの手下だったとはな」
「カネモトさんがタムの手下?」使用人の女が驚いて言った。
「きっと脅されてやったんだろう。気が弱い男だったから」とレモン。「もうすぐ警察が来てくれるとは思うが、なにか盗まれた? あいつらここでなにをやったんだ?」
「盗まれたのは私のレシピ・ノートと名前入りの包丁です」柊は鼻をすすった。「それから食材がいくつか。冷蔵庫の中の物も貪り食っていきました」
「はあー、なんてことだ」レモンは肩を落とした。
「それから、」と腕を組んで白い壁にもたれていたプリンが言った。「エレベーターもひどい惨状よ。シュールストレミングが悪臭を放ちながら今も立てこもっているのよ。投降して自分から出てきてくれる相手じゃないわよね? 今頃一階から十五階まですべての人たちに恐怖を届けてるかもしれないわ」
「じゃあエレベーターは使えないのか」樹伸はショックを受けていた。「ほんとにひどいことしやがる。キッパー君も無事じゃすまないかも……」
「キッパー君って、あのお兄ちゃんのこと?」と、大人たちについてきていたスクヤが言った。
「なにか知ってるのか? 私たち彼を探してるんだよ」とレモンが訊く。
「あのお兄ちゃんなら庭園でバンジージャンプしてたよ。ピエロの仲間たちはパラシュートで飛び降りていった。お兄ちゃん、絶叫してた」
「なぜ僕を選んでくれなかったんだ!」スィーが悔しがり絶叫した。
「オーマイガッ!」とキィーが言った。
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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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