ティー・レモン氏の空中庭園(4)──砂の散歩道
文字数 2,106文字
レモンが二人の人物を引き連れて戻ってきた。一人はミッドナイトブルーのスーツを見事に着こなし、もう一人は中華風の派手な柄のTシャツと短パンという格好。この二人、服装、雰囲気、体型は違っているものの顔はレモンの面 をつけているようにそっくりだった。
「紹介します」とレモン。「二人とも私の弟です。こちらがキィー・レモン。隣がスィー・レモンです。キィーは次男。スィーは四男になります」
樹伸 が立ちあがりキィーと握手した。スーツの方だ。
はじめまして、キィー・レモンといいます。日本の方にお会いできて光栄です。日本大好きですから」
「もう随分帰ってないけど」と樹伸は言った。
スィーは慇懃 なキィーと対照的で、挨拶もそこそこにくるりと背を向けると、短い腕をぶんぶんと振った。どこかに風でも送っている仕草に見えたが、逆に二人の子どもが送られてき、腕に飛び込んできた。
「甥 のスクヤと姪 のマイニです」とレモンが言った。
「マイニちゃん? かわいい名前じゃん」
プリンが言うと、マイニはにっこり笑って、大人たちが驚く速さで二人して奥のドアへと駆けていった。登場と退場がまるで一瞬で行われたみたいだった。
「兄さん」スィーが子どもに負けない愛嬌のある顔を見せて言った。「あの子たち、もうお腹ぺこぺこだってんだ。柊 のところに連れてっていいかな?」
「もう行ったんじゃないか?」レモンは困り顔で言った。「柊はお客様にお出しする料理の準備中なんだぞ? あの暴れん坊の子どもたちがシェフに労 いの言葉をかけられるとは思えんがね」
「大丈夫だよ、じゃまはしないようにするから」スィーも追いかけてドアへ向かった。
「ああ、待て、大丈夫なもんか」
パタン、と言ってドアが黙ると、レモンは「どうも、騒がしくてすみません」と苦笑した。
樹伸がウォッチ型電話を確認した。「もうすぐ十一時ですね。私もだいたい十時には腹の虫が鳴りますから。この虫は年がら年中元気ですからね」
「たしかに」キィーがてのひらを天井へ返すだけという、紳士らしい呆れ方をして語った。「あの子たちは十時にポップコーンをたらふく詰め込んだはずですが、数十分おかずに元気でい続ける虫を持っていますからね」
「柊は有能なシェフですから、任せましょう」レモンは三人が消えたのとは反対方向、庭園からの陽光が届き、輪郭さえわからなくなっている眩しいガラス戸の方へと歩きだした。「食事の時間まで庭園をご案内させてください。プライベート・ガーデンではない、お客様用の庭園ですが」
「待ってました」樹伸が喜んだ。「私たちの目当ては庭園ですから。キッパー君、行こう!」
真っ青な天井に白い庭面 が目に痛かった。すべてが空の下で輝いている。風力オルゴールの銀の支柱も、レストランのテーブルも日除けの生地も。
端まで歩いていって手すりに捕まり地上を拝 むと、今度は頭が痛くなる――というわけだ。ただ空との境は手すりだけにはせずにガラスの壁を巡らせ、万が一の落下を防ぐようにしてあった。キッパータックと樹伸とプリンが怖々下を覗き込んでいるのは、三か所だけガラスが途切れている展望スペース。穹沙 市を囲むほかの都市も含めて霞 み広がっている遥かな大地を臨むことは、もちろん庭園の足下を見て血を昇らせるよりも素敵なことだった。
ついてきたキィーは青空レストランの席に着いてコーヒーを飲んでいる。この空中庭園の主ティー・レモンは、三人の客を眺めてにこにこしている。三人は眺めるだけではなく体験を、ということで、庭園の一辺に、散歩道の続きとして敷き詰められている美容砂の上を裸足で歩いてみることにした。砂に含まれる成分プラス、太陽に十分に熱せられていることが足の裏にいい効果をもたらすということだった。散歩道は屋根付きではあったのだが、ところどころ抜かれている正方形の天窓から、また横から、容赦なく光が降り注いできている。
「こりゃいい、ぽかぽかする」樹伸は若干よろよろしながら歩いていた。「ちょっと熱いかも。夏の砂浜みたいだ」
「モデルがへっぴり腰見せるわけにはいかないわね」プリンは背筋を伸ばし、勇ましいウォーキングを見せた。
「足の裏が痛い」キッパータックの格好が一番情けなかった。「ガラスを踏んでるみたいだ」
「ガラス? 大げさな。そこまで痛くないっしょ」プリンがキッパータックの背中を叩いて追い抜いていった。「蜘蛛 みたいに背中丸めないの! だから蜘蛛に間違われるんだわよ」
「間違われたことは一度もないですけど」
「お兄さんの庭にも砂があるんじゃなかった?」
「滝の砂はもっとさらさらしてるんです」
「へえー……」プリンはかがんで美容砂を掴むと空中に撒 いた。
長身の執事・フリーマンがやってきて、彼と並んだレモンが「そろそろお食事いかがですか?」と声を送った。「秋とはいえ、太陽が容赦ないようだ。屋内でも庭園に負けないおもてなしはするつもりですよ」
「おおいに賛成」と樹伸が言った。
間髪入れずに使用人がなだれ込んできて、足の裏の砂を払うためのタオルが渡された。どこかに指揮者でも潜んでいるかのような絶妙なタイミング。必要な音がむだなく鳴らされるのだった。
「紹介します」とレモン。「二人とも私の弟です。こちらがキィー・レモン。隣がスィー・レモンです。キィーは次男。スィーは四男になります」
はじめまして、キィー・レモンといいます。日本の方にお会いできて光栄です。日本大好きですから」
「もう随分帰ってないけど」と樹伸は言った。
スィーは
「
「マイニちゃん? かわいい名前じゃん」
プリンが言うと、マイニはにっこり笑って、大人たちが驚く速さで二人して奥のドアへと駆けていった。登場と退場がまるで一瞬で行われたみたいだった。
「兄さん」スィーが子どもに負けない愛嬌のある顔を見せて言った。「あの子たち、もうお腹ぺこぺこだってんだ。
「もう行ったんじゃないか?」レモンは困り顔で言った。「柊はお客様にお出しする料理の準備中なんだぞ? あの暴れん坊の子どもたちがシェフに
「大丈夫だよ、じゃまはしないようにするから」スィーも追いかけてドアへ向かった。
「ああ、待て、大丈夫なもんか」
パタン、と言ってドアが黙ると、レモンは「どうも、騒がしくてすみません」と苦笑した。
樹伸がウォッチ型電話を確認した。「もうすぐ十一時ですね。私もだいたい十時には腹の虫が鳴りますから。この虫は年がら年中元気ですからね」
「たしかに」キィーがてのひらを天井へ返すだけという、紳士らしい呆れ方をして語った。「あの子たちは十時にポップコーンをたらふく詰め込んだはずですが、数十分おかずに元気でい続ける虫を持っていますからね」
「柊は有能なシェフですから、任せましょう」レモンは三人が消えたのとは反対方向、庭園からの陽光が届き、輪郭さえわからなくなっている眩しいガラス戸の方へと歩きだした。「食事の時間まで庭園をご案内させてください。プライベート・ガーデンではない、お客様用の庭園ですが」
「待ってました」樹伸が喜んだ。「私たちの目当ては庭園ですから。キッパー君、行こう!」
真っ青な天井に白い
端まで歩いていって手すりに捕まり地上を
ついてきたキィーは青空レストランの席に着いてコーヒーを飲んでいる。この空中庭園の主ティー・レモンは、三人の客を眺めてにこにこしている。三人は眺めるだけではなく体験を、ということで、庭園の一辺に、散歩道の続きとして敷き詰められている美容砂の上を裸足で歩いてみることにした。砂に含まれる成分プラス、太陽に十分に熱せられていることが足の裏にいい効果をもたらすということだった。散歩道は屋根付きではあったのだが、ところどころ抜かれている正方形の天窓から、また横から、容赦なく光が降り注いできている。
「こりゃいい、ぽかぽかする」樹伸は若干よろよろしながら歩いていた。「ちょっと熱いかも。夏の砂浜みたいだ」
「モデルがへっぴり腰見せるわけにはいかないわね」プリンは背筋を伸ばし、勇ましいウォーキングを見せた。
「足の裏が痛い」キッパータックの格好が一番情けなかった。「ガラスを踏んでるみたいだ」
「ガラス? 大げさな。そこまで痛くないっしょ」プリンがキッパータックの背中を叩いて追い抜いていった。「
「間違われたことは一度もないですけど」
「お兄さんの庭にも砂があるんじゃなかった?」
「滝の砂はもっとさらさらしてるんです」
「へえー……」プリンはかがんで美容砂を掴むと空中に
長身の執事・フリーマンがやってきて、彼と並んだレモンが「そろそろお食事いかがですか?」と声を送った。「秋とはいえ、太陽が容赦ないようだ。屋内でも庭園に負けないおもてなしはするつもりですよ」
「おおいに賛成」と樹伸が言った。
間髪入れずに使用人がなだれ込んできて、足の裏の砂を払うためのタオルが渡された。どこかに指揮者でも潜んでいるかのような絶妙なタイミング。必要な音がむだなく鳴らされるのだった。