ティー・レモン氏の空中庭園(8)──目的は?

文字数 1,647文字

 悪党は動いてテーブルの上を見やった。「そうなんだろうな。おまえたちぐっすり寝てたから。でもおれは知らねえぞ。だって、このおやつはここの使用人が持ってきたんだろうが。その使用人に聞いてみねえと睡眠薬なんだか下剤なんだかはわからねえよ。おれは薬学博士じゃねえし」
「カネモトぉー」レモンが歯噛みした。「なんか様子がおかしいと思ったんだ」
「いつもあんな人なのかと思った」と樹伸(きのぶ)
「目的を言え」キィーが言った。
「では自己紹介」男が全員のちょうど真ん中に来て言った。「おれの名前はガット・ピペリ。あの有名な庭荒らしの達人、タム・ゼブラスソーン様の愛弟子よ」
「タムの仲間か!」樹伸が叫んだ。
「そんなに喜ぶなよ」ガットが照れた。
「喜んでるように見えるか?」
「で、目的は?」とキィー。
「おまえ、」ガットは低音を吐きだした。「さっきからそればっか」
「目的は?」キィーはめげずにくり返した。
 ガットはくるっと横を向いた。「おれたちタム一家の目的はこの世のすべての庭園を素敵に荒らすことだ。この世に存在するものは、いつかは朽ち果てるものさ。朽ち果てる時期を引き伸ばすためにおまえたち大庭主は頑張って庭いじりしてるんだろうが、そういう無駄なあがきっていうのは美しくないと思ってる。形あるもの皆”END”は避けられない。そのはかなさを忘れちゃいけないんだって。そう、ブッダかトマス・アクィナスだかが言ってたんじゃないかな?」
「そんな思想とおまえたちがやってることは全然繋がってるようには思えんが」
「そりゃおまえの頭の中で繋がってないだけだろ?」ガットは自分のこめかみをトントンと指で叩いた。
「金や命を奪うやつも許せないが、おまえたちみたいな愉快犯も本当に悪趣味だと思う。世の中にはもっと心から楽しめるものがいっぱいあるというのに」
「おれたちだっておれたちなりに庭園を楽しんでるのよ」ガットはキィーの憤慨(ふんがい)に満ちた顔を覗き込んだ。
「ちょっと訊いてみてもいいかな」樹伸が割り込んだ。「おまえたち、大庭主からいろいろ盗んでるよな? 根岸プリンさんちからはたしか、犬のおやつとイルカ型の石を盗んだ」
「あーあー、そうだったっけ?」
「憶えてないのか。そういうの盗んでどうするんだ? 盗んだ後だよ」
「犬のおやつはおまえが食ったんだろ」とキィーが挑発した。
 ガットは数秒無言で体を掻いていた。そして言った。「おれたちは単なるコレクションっていうのかな。あの、ごちゃごちゃ物を置いてる大庭主のオバサンがいるだろ? ”品物の森”って言われてるんだっけか。あのオバサンほど無頓着じゃないにしろ、気に入った物は兄貴が大事に取っておくこともあるし、食っちまうこともあれば捨てちまうこともあるし」
「じゃあ、五十嵐さんちから盗んだ像は?」とキッパータックが訊いた。キッパータックの蜘蛛(くも)たちが必死で再現した芸術品だ。
「あれは捨てたな」ガットはあっさり白状した。「あんな物いらねえし」
「いらないなら盗むなよ!」樹伸が怒った。
「だから荒らすことを、はかなさを伝える行為をコレクションしてるんだって。記録と記憶を打ち立ててるんだ、この胸に。何度も言ってるだろう」

 レモンが頭を垂れ、目をギュッと閉じた。「うちには五十嵐さんちのようなすばらしい芸術品はないし、あなたたちの趣味にかなうような物はないはずだ。この塔のどこかにちっちゃな、いたいけな子どもたちがいるんだ。あの子たちを傷つけたくない。お願いだからこのようなことはやめてくれ。私たちを放してくれ。お客様を……」
「ほらほら、レモンさん泣いちゃうぞ」樹伸がガットを(おど)した。
 ガットはチッ、と舌を鳴らして仰向(あおむ)いた。「盗みが終わったらおまえたちには用はねえよ。いいから静かに、おとなしく待ってろよ」
「プリンさんは無事なのか」レモンはつぶやいた。「使用人たちは……。スィーと子どもたちは一体どこにいる」
「一家の長は大変だな。いろいろ心配ごとが多くて」ガットはそれから頼まれてもいないのに自らの()し方を語りはじめた。
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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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