東アジア大庭研究ツアー(3)──届けられなかった二つの犯行
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庭管理以外にも仕事を抱える多忙な
これについては、まだはっきりしていないこともある。大庭主にまつわる品や庭園の展示物を盗むことで有名な「大泥棒」、その実態は「こそ泥」なのに、タムはドルゴンズ庭園では「ドレスに泥をかける」という嫌がらせを行っているのである。
叶はインターネット上の、〈ドルゴンズ庭園襲撃事件〉の記事を改めてかき集めてみた。それによると、当初ドルゴンズ家では従業員──つまり身内の犯行ではないかと疑い、内々に片づけようとして警察に届け出をしておらず、その後襲われた二か所目の庭園の方に「タムの犯行声明文」が添えられており、「ドルゴンズ庭園のドレスに泥をまいたのはおれだ」と書かれてあったというのだ。
記事は、「しかし二か所目の
叶は動画公開サイト〈デケッフ3〉で、ドレスの持ち主、セミル・ドルゴンズがマスコミに語っている映像も再生してみた。息子のルカラシー・ドルゴンズが見事に受け継いだ思われる美形の女性が、得体の知れない男が屋敷に侵入し、ドレスに泥をかけたとすれば許されることではない、しかも次々に別の庭園にも嫌がらせをして声明文を残すという
もったいつけた
やり方で世間まで騒がせて、趣味が悪いにもほどがある、警察に早く捕まってほしい、と切々と訴えていた。「ふぅむ……」と叶は考え込んだ。タムは中央都では思惑どおりにいかなかったから、穹沙市の庭を襲うことにしたのだろうか。ドレスを汚したのに警察には届けられなかった。泥棒し、書き置きを残したにも関わらず、発見してもらえなかった。なんとも間抜けな感じだ。これでは中央都とは「相性が悪い」と
叶はドルゴンズ庭園の下調べが済むと、キッパータックに電話をかけた。「大庭研究ツアー」という共通の話題ができたことがうれしかったが、キッパータックからはかなり慌てた声が返ってきた。
「実は僕も参加することになって。
「そうなんですか? キッパータックさんも参加されるのなら私はうれしいですね。知らない人ばかりだったら嫌だな、と思っていたので」
「急なことで、清掃の仕事の予定を変更しなきゃならなくなったけど。今、慌てて調整しているところだよ」
「あ、ごめんなさい。お忙しかったんですね」叶は苦笑いした。
「電話くらい構わないよ。常連さんばかりだから、なんとか別の日に変えてもらえそうだし。……それから、ツアーはピッポ君も参加するみたい。ニカード大庭園に前から行ってみたかったんだって」
「へえー、ピッポさんはニカード大庭園がお目当てなんですか」
彼は自分にまるで興味がないようだ、とも思えた。それが事実としても仕方がないことだし、友人としてつきあうにしても、キッパータックもピッポも気の
二〇**年度 東アジア大庭研究ツアー予定表
六月四日
8:00 集合場所①(専用駐車場あり)──穹沙市観光局(
8:30 集合場所②──東アジア鉄道・
9:00 鳳凰駅を出発
10:10 中央都・
10:40 駅前広場R会館にて交流会
12:30 ニカード大庭園(
大庭主 エル・フオイ氏よりご挨拶
昼食&
16:30 スティアン・ホテル(魚人地区三街一九番) チェックイン
18:00 レストラン「ノーヴ」で夕食 その後各自 レポート作成など自由時間
六月五日
10:00 スティアン・ホテル チェックアウト
11:00
中央都・環境大学講師 フォン・ペルラさん 講演
12:30 アツァ広場屋外レストラン「
14:00 ドルゴンズ庭園(虎人地区五街十番) 到着
大庭主 ルカラシー・ドルゴンズ氏よりご挨拶
自由に見学
16:30 虎人
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※各日 レポート作成とアンケートを必ずお願いすることとなります(提出期限:六月十四日)
※出発の前日までにワークスペース「バーワッフル」にログインし、別記の専用キーと合言葉(パスワード)を入力し参加登録を済ませてください(アプリは各自でインストールしてください)。案内・連絡メールの送受信、飲食代の電子チケット送信、レポートとアンケートの提出はすべてこちらで行います。これらのやりとりが難しい方はお早めに申し込みをされた観光局の担当窓口にお知らせください。故障・不具合対応に備え、携帯端末の用意がございますので、貸出が可能です。
ツアー当日。叶は鳳凰地区に住んでいたので、第二集合場所である鳳凰駅でキッパータックたちと合流した。サムソン
穹沙市からの参加は、観光局の新米職員三名と大庭主の
最初のイベント──交流会では、ツアーの主催、中央都観光局・企画課課長、イワノの挨拶の後、自己紹介の時間となった。キッパータックも自分の番が回ってくると椅子から立ちあがり、緊張気味に挨拶をした。
「穹沙市・
大庭関係者しかいない会場なので、たいていの庭園のことは見知っているのか、反応は薄めで、パラパラと義務的な拍手が起こるくらいだった。ほかにもいろいろな参加者がいた。
「ベッキー・パンです。まだ学生なんですけど、
「ルー・コウジュンといいます。
「
「テッド・ナラハシ。ライターやってます。自然科学雑誌『アーモント』で庭園をテーマにしたエッセイを連載中です」
交流会が終わると、一行はバスで移動。一日目の庭、ニカード大庭園に到着した。
最近ここで人気を博しているのは、自然公園を取り囲む山林を巡るトレイルと、人工の湖などを眺めながら辿るフットパス専用ブリッジであった。ブリッジはコンクリート構造の幅の狭い橋で、地上から十二メートルの高さにあり、全長五・四キロメートルが各種見所に沿って続いている。また歩行者用と平行してサイクリング専用ブリッジも用意されていた。
大庭主からの挨拶の後、運営スタッフが参加者に飲み物と保冷パックに入った昼食のサンドウィッチを配った。トレイルかフットパスか、お好きな方を体験してほしい、昼食もそれぞれ好きな場所で広げてくれて構わない、と言った。
参加者のほとんどは体力を使う山歩き(トレイル)は遠慮してフットパスを選択したようだった。キッパータックとピッポ、叶、それとサムソン神酒も「フットパスにしよう」と即座に決めた。
自転車を借りた者が、橋へと続く傾斜を懸命に漕いでいるのが見える。キッパータックたちはゆっくり景色を味わいながら行きたいと徒歩を選択して、階段をのぼって橋の上を目指した。
叶は日頃の運動不足からか、階段だけで青息吐息だった。「この専用ブリッジ、五キロ以上あるらしいじゃないですか。一時間は歩き続けないといけないかも」
「君たちは若いんだから、それくらいどうってことないでしょ」神酒は朗らかに言った。「僕なんて五十代だよ。でもアピアン探しのために普段足を鍛えてるからね。ここの楽しみはね──」携帯端末をタップして、叶にサイトの情報を見せる。「ブリッジを歩いて歩いて、くたくたになったところで迎えてくれるサウナと温泉だよ。蒸し鶏とビールで疲れを癒すのも最高だって。ね、俄然やる気が湧いてきただろ?」
「ブリッジなしでそちらに直行できないですかね」と叶は情けない希望を出してみた。
「それはいくらなんでも
ピッポとキッパータックは早くも二人を突き放し、かなり先を歩いていた。ピッポが弱気になっている叶へ振り向いて言う。
「叶さん、景色を観ながら歩くと案外疲れなさそうだよ。もし歩けなくなったら僕とキッパー君が交代でおぶってあげるから、心配しなくて大丈夫だよ」
「それはどうも。安心して全力を尽くせそうです」叶も笑って追いかけていく。