東アジア大庭研究ツアー(3)──届けられなかった二つの犯行

文字数 4,642文字

 大庭(だいてい)研究ツアーは関係者たちの楽しい交流会、またはただの庭園巡りと思われがちだったが、実は壮大な趣意(しゅい)を持っていた。それは、アジアの名だたる庭園を一般客の目線で味わい、自然環境と人々の暮らしの関係性を──特に強い絆を──再確認することにより、未来の庭園の在り方を考える、といったものだ。なので観光局の生真面目な講釈や目標の宣言があったり、専門家による講演があったり……。訪れた庭ごとにレポート提出も行わなければならず、結構めんどくさいものだということでも知られていた。
 庭管理以外にも仕事を抱える多忙な大庭主(だいていしゅ)より、その任務をサポートする人間や庭園の広報活動を行う者たちの参加が多いということも聞き、それならば自分も名を連ねられそうだ、と(かない)は思った。馴鹿布(なれかっぷ)は参加しないと口にしたとおり、タム襲撃に備えて森林庭園にいるようにするということだった。それにつきあわなければならないというわけでもないだろう。訪問先の〈ドルゴンズ庭園〉には前々から強い興味を覚えていたので、参加申し込みをしてみることにした。敷地面積や華麗な造形、魅力的なスポットの数としても東アジア随一と言われている。そしてタム・ゼブラスソーンが一番はじめに襲った庭でもあった。
 これについては、まだはっきりしていないこともある。大庭主にまつわる品や庭園の展示物を盗むことで有名な「大泥棒」、その実態は「こそ泥」なのに、タムはドルゴンズ庭園では「ドレスに泥をかける」という嫌がらせを行っているのである。

 叶はインターネット上の、〈ドルゴンズ庭園襲撃事件〉の記事を改めてかき集めてみた。それによると、当初ドルゴンズ家では従業員──つまり身内の犯行ではないかと疑い、内々に片づけようとして警察に届け出をしておらず、その後襲われた二か所目の庭園の方に「タムの犯行声明文」が添えられており、「ドルゴンズ庭園のドレスに泥をまいたのはおれだ」と書かれてあったというのだ。
 記事は、「しかし二か所目の象人(しょうじん)庭園の方も、タムが盗んだのは人の出入りがほとんどない物置に放置されていた絵画で、こちらの犯行も同じく届け出がされていなかった」と説明していた。よって犯行現場に残された「書き置き」も日の目を見ないまま。目立ちたがり屋と思われるタムはこの結果が気に入らなかったと見え、次の犯行から、穹沙(きゅうさ)市に矛先を変える。第十七番大庭の庭主・磯山(いそやま)太郎彦(たろうひこ)を街で襲い、娘の誕生日ケーキを奪い取って、そこで──世間に対してははじめて──庭荒らしタム・ゼブラスソーンを名乗った。中央都の二つの庭をすでに襲っていることを告白し、そこで警察が動いて象人庭園の声明文の発見に至り、ドルゴンズ庭園の犯行も同時に発覚したというわけだ。
 叶は動画公開サイト〈デケッフ3〉で、ドレスの持ち主、セミル・ドルゴンズがマスコミに語っている映像も再生してみた。息子のルカラシー・ドルゴンズが見事に受け継いだ思われる美形の女性が、得体の知れない男が屋敷に侵入し、ドレスに泥をかけたとすれば許されることではない、しかも次々に別の庭園にも嫌がらせをして声明文を残すという

やり方で世間まで騒がせて、趣味が悪いにもほどがある、警察に早く捕まってほしい、と切々と訴えていた。
「ふぅむ……」と叶は考え込んだ。タムは中央都では思惑どおりにいかなかったから、穹沙市の庭を襲うことにしたのだろうか。ドレスを汚したのに警察には届けられなかった。泥棒し、書き置きを残したにも関わらず、発見してもらえなかった。なんとも間抜けな感じだ。これでは中央都とは「相性が悪い」と(くら)()えする気持ちもわからなくはない。穹沙市民としては「だからといってこっちに来られても」と迷惑な話になるが。

 叶はドルゴンズ庭園の下調べが済むと、キッパータックに電話をかけた。「大庭研究ツアー」という共通の話題ができたことがうれしかったが、キッパータックからはかなり慌てた声が返ってきた。
「実は僕も参加することになって。草堂(そうどう)君が僕にスケジュールの確認をしないで勝手に申し込んじゃってたんだ……」
「そうなんですか? キッパータックさんも参加されるのなら私はうれしいですね。知らない人ばかりだったら嫌だな、と思っていたので」
「急なことで、清掃の仕事の予定を変更しなきゃならなくなったけど。今、慌てて調整しているところだよ」
「あ、ごめんなさい。お忙しかったんですね」叶は苦笑いした。
「電話くらい構わないよ。常連さんばかりだから、なんとか別の日に変えてもらえそうだし。……それから、ツアーはピッポ君も参加するみたい。ニカード大庭園に前から行ってみたかったんだって」
「へえー、ピッポさんはニカード大庭園がお目当てなんですか」
 玄武(げんぶ)地区でのタムのそっくりさん騒動と蟹鍋パーティー以来、しばらく音沙汰なしで過ごしていたが、「タムの情報屋をこっそり調べている」という秘密を共有する仲間であり、叶にとってキッパータックは、今では友達以上になれたら……とダメ元で願ってみようと思うまでになった相手。
 彼は自分にまるで興味がないようだ、とも思えた。それが事実としても仕方がないことだし、友人としてつきあうにしても、キッパータックもピッポも気の()い者たちで違いなかった。



   二〇**年度 東アジア大庭研究ツアー予定表

  六月四日  

 8:00 集合場所①(専用駐車場あり)──穹沙市観光局(半人半馬(ケンタウロス)地区五街二八番) 
 8:30 集合場所②──東アジア鉄道・鳳凰(ほうおう)駅(鳳凰地区十二街三三◯番)
 9:00 鳳凰駅を出発
 10:10 中央都・翼人(よくじん)駅 到着
 10:40 駅前広場R会館にて交流会
 12:30 ニカード大庭園(魚人(ぎょじん)地区三街三十一番) 到着
 大庭主 エル・フオイ氏よりご挨拶
 昼食&逐月山(ちくげつざん)トレイル体験または専用ブリッジを行くフットパス体験など
 16:30 スティアン・ホテル(魚人地区三街一九番) チェックイン
 18:00 レストラン「ノーヴ」で夕食 その後各自 レポート作成など自由時間

  六月五日

 10:00 スティアン・ホテル チェックアウト
 11:00 虎人(こじん)博物館(虎人地区九街二十二番) 到着
 中央都・環境大学講師 フォン・ペルラさん 講演
 12:30 アツァ広場屋外レストラン「螺髻(ラケイ)」(虎人地区九街二十五番)にて 昼食    
 14:00 ドルゴンズ庭園(虎人地区五街十番) 到着
 大庭主 ルカラシー・ドルゴンズ氏よりご挨拶
 自由に見学
 16:30 虎人緑郷(りょくきょう)ホテル チェックイン
   ・
   ・
   ・
 
 ※各日 レポート作成とアンケートを必ずお願いすることとなります(提出期限:六月十四日)
 ※出発の前日までにワークスペース「バーワッフル」にログインし、別記の専用キーと合言葉(パスワード)を入力し参加登録を済ませてください(アプリは各自でインストールしてください)。案内・連絡メールの送受信、飲食代の電子チケット送信、レポートとアンケートの提出はすべてこちらで行います。これらのやりとりが難しい方はお早めに申し込みをされた観光局の担当窓口にお知らせください。故障・不具合対応に備え、携帯端末の用意がございますので、貸出が可能です。



 ツアー当日。叶は鳳凰地区に住んでいたので、第二集合場所である鳳凰駅でキッパータックたちと合流した。サムソン神酒(みき)も来ていて、思わぬ再会となった。
 穹沙市からの参加は、観光局の新米職員三名と大庭主の(マー)才俊(ツァイジュン)、その他大庭関係者二名を含めた九名のみだったが、中央都の翼人駅に着いてみると、東アジア国各地から集まったツアー参加者たちは三十八名に及んだ。
 最初のイベント──交流会では、ツアーの主催、中央都観光局・企画課課長、イワノの挨拶の後、自己紹介の時間となった。キッパータックも自分の番が回ってくると椅子から立ちあがり、緊張気味に挨拶をした。
「穹沙市・天馬(ペガサス)地区六丁目にあります、第四番大庭の庭主、ヒューゴ・カミヤマ・キッパータックといいます。庭は日本風庭園で、空から落ちてくる砂の滝があります」
 大庭関係者しかいない会場なので、たいていの庭園のことは見知っているのか、反応は薄めで、パラパラと義務的な拍手が起こるくらいだった。ほかにもいろいろな参加者がいた。

「ベッキー・パンです。まだ学生なんですけど、八達(はったつ)市でカメラマンをやってます。大庭の合同写真展を中央都の星人(せいじん)美術館で一度開催しました。観てくださった方がいらっしゃいましたら、うれしいです」

「ルー・コウジュンといいます。隅谷(ぐうこく)市のピョフュル庭園で働いています。ピョフュル・フットパス協会の会員でもありますので、ニカード大庭園のフットパス専用ブリッジに興味があり、参加しました」

足立(あだち)(りょう)と申します。中央都環境局の職員で、まだ二年目です。よろしくお願いいたします」 

「テッド・ナラハシ。ライターやってます。自然科学雑誌『アーモント』で庭園をテーマにしたエッセイを連載中です」

 
 交流会が終わると、一行はバスで移動。一日目の庭、ニカード大庭園に到着した。
 最近ここで人気を博しているのは、自然公園を取り囲む山林を巡るトレイルと、人工の湖などを眺めながら辿るフットパス専用ブリッジであった。ブリッジはコンクリート構造の幅の狭い橋で、地上から十二メートルの高さにあり、全長五・四キロメートルが各種見所に沿って続いている。また歩行者用と平行してサイクリング専用ブリッジも用意されていた。
 大庭主からの挨拶の後、運営スタッフが参加者に飲み物と保冷パックに入った昼食のサンドウィッチを配った。トレイルかフットパスか、お好きな方を体験してほしい、昼食もそれぞれ好きな場所で広げてくれて構わない、と言った。
 参加者のほとんどは体力を使う山歩き(トレイル)は遠慮してフットパスを選択したようだった。キッパータックとピッポ、叶、それとサムソン神酒も「フットパスにしよう」と即座に決めた。
 自転車を借りた者が、橋へと続く傾斜を懸命に漕いでいるのが見える。キッパータックたちはゆっくり景色を味わいながら行きたいと徒歩を選択して、階段をのぼって橋の上を目指した。
 叶は日頃の運動不足からか、階段だけで青息吐息だった。「この専用ブリッジ、五キロ以上あるらしいじゃないですか。一時間は歩き続けないといけないかも」
「君たちは若いんだから、それくらいどうってことないでしょ」神酒は朗らかに言った。「僕なんて五十代だよ。でもアピアン探しのために普段足を鍛えてるからね。ここの楽しみはね──」携帯端末をタップして、叶にサイトの情報を見せる。「ブリッジを歩いて歩いて、くたくたになったところで迎えてくれるサウナと温泉だよ。蒸し鶏とビールで疲れを癒すのも最高だって。ね、俄然やる気が湧いてきただろ?」
「ブリッジなしでそちらに直行できないですかね」と叶は情けない希望を出してみた。
「それはいくらなんでも()風流(ふうりゅう)だろ」一笑(いっしょう)する神酒。「僕たち中年が美しい汗を流せる貴重な機会を奪わないでくれよ」
 ピッポとキッパータックは早くも二人を突き放し、かなり先を歩いていた。ピッポが弱気になっている叶へ振り向いて言う。
「叶さん、景色を観ながら歩くと案外疲れなさそうだよ。もし歩けなくなったら僕とキッパー君が交代でおぶってあげるから、心配しなくて大丈夫だよ」
「それはどうも。安心して全力を尽くせそうです」叶も笑って追いかけていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み