ティー・レモン氏の空中庭園(7)──起こった出来事

文字数 1,526文字

「カネモト」とレモンが声をかける。「どうした。アップルヤードがなんか言ってるのか? やつは調子でも悪いのかね?」
「い、いえ」カネモトと呼ばれた男は目をきょろきょろさせて、あきらかに緊張した様子で返事した。「私が、私がやらせてくださいと申し出ました。あの、このようにたくさんの大庭主さんにお会いできる機会、またとありませんから」
「……」レモンは無言で客人へ視線を流す。「そうか、大庭主に? ……あ、おまえ、プリンさんのファンだったか?」
「あ、いえ!」カネモトはびくついてさらに声を震わせた。「私は、私は……いや、あの、たしかに、おきれいな方だな、とは思います」

 カネモトの手元だけに起こっている地震によって、小刻みな音を発するカップとソーサーが運ばれてきた。
「いやいや、大丈夫なの?」プリンが心配して言った。「その紅茶、熱々じゃない。こぼしたらさっきのキッパーさんみたいに火傷するわよ」
「すみません」カネモトは手で汗を拭った。
「君もハーブクッキーを食べたらいい」キィーが冗談めかして言った。「心がとっても落ち着くぞ」
「へー、これがうちのハーブが入っているクッキーか」樹伸は銀のトレイの紙ナプキン上に整列させられている上品なクッキーを覗き込んだ。「うまそうだな。うちの妻が作るのよりおいしいかも」
「さあ、どうでしょう」レモンは笑った。「アップルヤードはちょっとムラのある男です。(ひいらぎ)ほど安定感のある味は出せないところがありましてね」
「うん、おいしい」プリンがさっそく口にした。「あ、そういや私、マネージャーに連絡入れなきゃだったわ。忘れてた」バッグを手に取ると「失礼。皆さんでお茶してて」と言って、木目調の扉の方へ歩いていった。
「あ、あの」客人の様子をやや上目遣いで見ていたカネモトが発した。「私はもう下がってよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ」とレモン。「あとは私がやるから。……それと、スィーと子どもたちを見かけたらここへ来るように言ってくれないか? また柊のところへ行っちゃ困るからね」
「あの、」カネモトは声を少し強めた。「スィー様、お子様方はどちらへ、どちらへ行かれたので?」
「わからんのだ。塔の中を探検してるのかも」
「探検……」カネモトは行方不明だと告げられたみたいに呆然とした。
 レモンがさすがに見咎めて、言った。「どうしたんだ。今日の君は様子がおかしいぞ」
「なんでもありません、どうぞごゆっくり。失礼します」カネモトは慌てて去っていった。



 キッパータックは自分がいつの間にか眠っていたことを知る。そしていつの間にか後ろ手に縛られていることを知る。加えて、そのいつの間にかをここにいる全員が味わっていることを知ったのだった。
「はっ、」樹伸が気がついて言った。「あれ? なんだこりゃ? え?」
「私たち縛られてますね」キィーが自分の隣を見て言った。
 樹伸、キッパータック、レモン、キィーの順番に横一列に並び床の上に座らされていた。目の前には先ほどまでいたソファーが見え、テーブルには紅茶のカップとクッキーが三時の時間のなごりのままに並んでいた。倒れていた者は起こされ、足にテープを巻かれてしまった。一人だけ自由の身でいる男の手によって。
「おお、全員眠りから覚めたみたいだな」と男が言った。
「おまえが私たちを?」とキィーが尋ねた。「喜ばしくないことが起こっているなら早めに教えてくれ。いろいろ対策を練らなければならないから」
「ふうん」ニット帽を被った尖った(あご)の男は腕組みしたままキィーをじろじろ見た。「対策ねぇ。そんなもの練られちゃこっちが喜ばしくないことになりそうだわ」
 キッパータックが言った。「もしかして、あの紅茶に睡眠薬が入ってたんですか?」
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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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