そっくりな男(9)──勇気を出しての告白

文字数 3,326文字

 ピッポが料理をよそった皿を運んでくるときに、キッパータックに耳打ちした。「福岡君、サラさんと話ができたみたいだね。ほっとしたよ。地下室に閉じ込められたのが功を奏したのかな?」
 見ると、(かない)鳥飼(とりかい)氏が冗談の言い合いをはじめたので、福岡とサラは大笑いしている。二人の距離は随分縮まったように見えた。
「そうみたいだね。でも、地下室は怖かったに違いないよ。真っ暗だったらしいから」

 食事が済んで、鳥飼氏はタバコを吸いに行き、福岡はウッドデッキに出て絵を描いていた。するとサラが「福岡さんが苦しんでる」と知らせに来た。
 まさか食事が原因で腹痛かとピッポたち三人が心配して行ってみると、福岡は小さなベンチに体を窮屈に曲げて寝そべっていた。苦悶の表情をしている。
「あ、ごめんなさい。お騒がせして」と福岡が顔だけ持ちあげて話す。
「どこが悪いのかい?」ピッポが訊く。
「いや、ははは……ただの胃痛です。今日はごちそうをたらふくいただきましたから。就職の試験やなんやかやで忙しかったからか、最近ご飯を食べた後によく痛むようになりまして。前にも病院で薬をもらって飲んでいたんですよ」
「ふーむ、それは神経性のものかもね」
「多分、そうです。ご心配おかけしてすみません。すぐに収まると思いますので」
 そうは言ったもののいつまでも苦しんでいたので、外から戻ってきて様子を察した鳥飼氏が「おれが病院に連れてってやる。痛いのは我慢できんだろ」と言いだした。
「でも鳥飼さんはお酒を飲まれていますよね?」と叶が指摘すると、「車を出す必要はないよ、すぐそこにあるんだから、病院」と言う。
 ピッポが福岡に「じゃあ、僕たちは待ってるから、ちょっと診てもらうといいよ」と言った。
 福岡は鳥飼氏に付き添ってもらい、山小屋を出ていった。
 それぞればらばらに寛いでいた面々。それをきっかけにダイニングテーブルに戻るピッポとキッパータックと叶。サラだけはウッドデッキに出る。しかし、すぐに引き返してきて、「私も心配なので福岡さんに付き添ってきます!」と叫ぶとバッグを取った。
「え?」
「だって鳥飼さんが、あんなもので──」言いながら飛びだして行くサラ。
 残された三人はなんだろう、とウッドデッキに出てみる。すると、山小屋の前の砂利敷きの坂道を、大八車(だいはちぐるま)のような荷車に福岡を寝かせ、勢いよく引いている鳥飼氏の後ろ姿があった。サラがその後を追いかけていく。
「あれで病院に行っちゃうわけ?」叶は唖然とする。「あれは飲酒運転にはならないのかしら?」
「車輪のついた担架(たんか)だね」とピッポは車ではないことを静かに示唆した。

 三人はダイニングルームに戻ると、協力して夕食の後片づけを開始した。
 叶が今日を振り返った。「しかし、ピッポさんの観察力には驚きましたよ。私がパーティーにいたとしても、その場にいた泥棒が右利きだったか左利きだったかなんて、憶えていないかもしれません」
 ついでに、過去に軽く変装してピッポに近づき、声をかけて写真を撮りまくったことを思い返していた。ピッポはさすがにそのときの女性が叶であると気づいていないようだったが、へたをするとばれていたかもしれない。ピッポよりは鈍そうに見えるキッパータックにさえ尾行に気づかれてしまったのだから、自分はやはり探偵業に向いていないのかも、と噛みしめる。
「僕はタムを前々から憎んでいたから、余計につぶさに見ていたのかもしれないね」とピッポが言った。
 叶はキッパータックが洗った皿をふきんで軽く拭いて食器乾燥機の中に並べた。この二人はなんといっても、実際のタムを目撃している。だから今日、松安(ソンアン)のことを似ていると思えたのだ。そして、キッパータックはティー・レモン氏の庭園でタムの手下のことも見ている。それは警察も知らない生の情報──。
 叶は息を飲み込んでから、切りだした。「あ、あの……お二人にお話が──」
「ん? なんだい?」ピッポは磨いた果物ナイフに自分の顔を映しながら返事をする。

 叶には迷いもあった。これは雇い主・馴鹿布(なれかっぷ)との約束というだけではない。東アジア警察・穹沙(きゅうさ)署が絡んでいる、守らなければならない堅い掟である。なので、叶が犯そうとしていることは明らかに職務違反であり、ばれれば任務から外されるだろう。
 しかし叶は二人に協力を求めたかった。心からそうだったのである。馴鹿布はこの仕事をやりだしてから、大庭主の仕事が当然ながらおろそかになっていた。大庭人気ランキングは昨年の十七位から一つ落ちただけではあるが、なにかイベントをやろう、客集めの工夫をしようという、本来の仕事、国選ホストという大事な役割をすべてなげうっている。これが、タムが捕まるまでずっと続いていくのだ。続くに決まっている。馴鹿布が現役のころ、どういう探偵だったか叶はよく知っている。無理だとか疲れたと言って投げだすような人間ではなかった。依頼遂行(すいこう)のため、対象に食らいついていくときはスッポン顔負けだった。しかし、このままだと庭の方は枯れ果ててしまうかもしれない(実際、遊歩道の木は落葉高木なので、冬の間は枯れているのが普通なのだが)。

 敵がいるからだ──。それはキッパータックとピッポにとっても同じはず。なので話した。第八番大庭・森林庭園の大庭主、馴鹿布義実(よしみ)は元私立探偵であり、自分はその助手だった。穹沙署の二本松(にほんまつ)刑事は馴鹿布を信頼しており、タム・ゼブラスソーン逮捕に向けて、手を組んでいる。元々は馴鹿布が勝手に「大庭主が情報屋かもしれない」と思いついて、自ら調べると宣言したのであったが、二本松は期待もしていて、定期的に情報交換のために庭園にやってくるのである。
 最初はキッパータックとピッポのことも疑っていて、調べていたことも話した。話しても、ピッポたちはそれほど驚かなかった。
「たしかに、タムは僕たち大庭主の情報をどこで集めているんだろうと思ったことはあったよ」とピッポが話す。「君たち探偵さんが変装するように、タムの手下も変装して大庭にやってきているのかと思った。客が出入りしたって僕たちは不思議がらないし、立入禁止の場所に間違って入り込む人もままいるから、『間違えた』の一言で不審な行動が取れるときもある」
「大庭の入口には来園者数を調べるカウントシステムがあるでしょう?」と叶が言った。「監視カメラ付きのものもあって、短い期間に何度も同一人物が出入りした場合、知らせが行くようになっていると聞いたことがあるんですよ」
「それはすごいね」とピッポは感心する。「とんでもない監視システムだ。しかし、それだと観光局の職員さんや常連さんがみんな疑われてしまうね」
「僕もだ」とキッパータックが言った。「仁科(にしな)さん、若取(わかとり)さんの庭へなんて、しょっちゅう行ってるよ」
「チェックが入ったところで、怪しくなければ大丈夫なんですよ」と叶。「誰かにはプライバシーが洩れるわけですけどね。ああ、この人、またここに遊びに来てるんだな、と。調べる人はロボットじゃないでしょうから」
「どうして僕たちに話したの?」ピッポが当然ながら疑問を投げる。「疑いが晴れたって、ばれないやり方でタムと接触してる可能性はまだあるだろ? 僕たちのPCまでハッキングして調べたのかな?」
「お二人は、」叶は、きれいに片づいたテーブルに戻り、席に着いた。「タムに関わってるとは思えませんよ。それに、怪しいのは大庭主ではなく観光局の職員かもしれないし。それに今日のこと──」
 キッパータックも叶の向かいの席に着いた。ピッポがお茶を淹れて運んでくる。
「気づいたのですが、警察も知らないタムの素顔、手下の姿を目撃してるって、すごいことだと思います。情報を集めるなら、少しでもタムのことを知っているお二人に協力していただいた方がスムーズに行くのではないかと思ったのです。お二人なら信用できます。なぜか、強くそう思えるんです」
「ということは、」ピッポは湯気の立つカップを両手で包んで、宙を見つめた。「叶さん、君がキッパータック君に近づいたのは、その仕事のため──ということなのかな?」
「あ、え、えっと……それは──」
 ピッポは返事に困っている叶をじっと見据えた。


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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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