ティー・レモン氏の空中庭園(16)──一つだけ起きた奇蹟
文字数 1,116文字
そのあと、キッパータックの庭に異変が起きた。かつて見たことがない、長く連なったメールの数々。大庭見物の予約メールで、いたずらでない証拠に、客は実際に姿を現し、彼の庭の土を踏んだ。庭主が清掃業に出ているときは草堂が代わりに案内役を買って出てくれた。キッパータックは何事が起こったのかと動転し、その正体を探るべく、なるべく家にいる時間を増やして成り行きを見守ることにした。
日本から夫婦の客がやってきたとき、砂の滝を案内したのは草堂 で、彼は「これがあの、大泥棒タム・ゼブラスソーンが盗んでいった光る砂ですよ」と大ボラを吹いていた。
夫の方は滝の写真をバシバシ撮った。妻は「へえー、あのニュースでやってた泥棒さんね?」と感心した。
「この砂は別の場所に移動させると消えると言われてるんですよ」
「ええ? 消えるの?」客はひどく驚く。「どういうこと?」
「そういうことなんですよ……」草堂はニヤリと口角をあげ、とにもかくにも勿体 をつけることに徹した。
草堂の案内ぶりを遠く眺めていたキッパータック。客が帰った後、来客スペースで草堂に労いのジュースを振る舞った。
「あー、疲れた」草堂は二人がけの椅子にどっかと座って背を伸ばす。「タム・ゼブラスソーン様様だな。客が増えてくれて、あんたの逆さ吊りも報われたな」
「まさか、」自分も渇きを潤そうとグラスを傾けていた手を止めて、言った。「僕が逆さ吊りになったなんて、ニュースでは言ってなかったのに」
「噂なんてすぐ広まるもんさ」草堂はキッパータックの鈍さに顔をしかめた。「穹沙 市民はみんな知ってるよ。ただ、逆さ吊りにされたのは百三十歳の最高齢大庭主の方で、シュールストレミングを放り込まれたのがあんたんちの家ってことになってるけどね」
「ええっ? 話が全然違ってる。でもそれで、こんなにお客さんが増えたの?」
「そういうことだよ」草堂は客にも見せてやったように口角を不敵にカーブさせた。
「いい機会じゃないか、どんどん客に来てもらわなきゃ」ジュースを飲み干すと立ち上がり、草堂は上着とカバンを取って帰り支度をした。「あんたも清掃業はもう断って休んじゃえよ。大庭主の仕事に専念しろ。観光手当を稼ぎたいだろ?」
「僕は別に……」
人々の関心は狼の遠吠えより長く続かないと言われていた。なのでキッパータックはまた清掃業に多忙で留守がちな大庭主に戻った。しばらくの間、「部屋の臭いは元に戻った?」という質問をよくもらっていたが、客はキッパータックが部屋をきれいにするプロだと知っていたから、ああいう強烈な被害もさっさと片づけてしまうのだろうと、すぐに忘れ去られてしまったらしかった。
第7話「ティー・レモン氏の空中庭園」終わり
日本から夫婦の客がやってきたとき、砂の滝を案内したのは
夫の方は滝の写真をバシバシ撮った。妻は「へえー、あのニュースでやってた泥棒さんね?」と感心した。
「この砂は別の場所に移動させると消えると言われてるんですよ」
「ええ? 消えるの?」客はひどく驚く。「どういうこと?」
「そういうことなんですよ……」草堂はニヤリと口角をあげ、とにもかくにも
草堂の案内ぶりを遠く眺めていたキッパータック。客が帰った後、来客スペースで草堂に労いのジュースを振る舞った。
「あー、疲れた」草堂は二人がけの椅子にどっかと座って背を伸ばす。「タム・ゼブラスソーン様様だな。客が増えてくれて、あんたの逆さ吊りも報われたな」
「まさか、」自分も渇きを潤そうとグラスを傾けていた手を止めて、言った。「僕が逆さ吊りになったなんて、ニュースでは言ってなかったのに」
「噂なんてすぐ広まるもんさ」草堂はキッパータックの鈍さに顔をしかめた。「
「ええっ? 話が全然違ってる。でもそれで、こんなにお客さんが増えたの?」
「そういうことだよ」草堂は客にも見せてやったように口角を不敵にカーブさせた。
「いい機会じゃないか、どんどん客に来てもらわなきゃ」ジュースを飲み干すと立ち上がり、草堂は上着とカバンを取って帰り支度をした。「あんたも清掃業はもう断って休んじゃえよ。大庭主の仕事に専念しろ。観光手当を稼ぎたいだろ?」
「僕は別に……」
人々の関心は狼の遠吠えより長く続かないと言われていた。なのでキッパータックはまた清掃業に多忙で留守がちな大庭主に戻った。しばらくの間、「部屋の臭いは元に戻った?」という質問をよくもらっていたが、客はキッパータックが部屋をきれいにするプロだと知っていたから、ああいう強烈な被害もさっさと片づけてしまうのだろうと、すぐに忘れ去られてしまったらしかった。
第7話「ティー・レモン氏の空中庭園」終わり