ティー・レモン氏の空中庭園(12)──キッパータックはいずこへ

文字数 1,269文字

「これってもしや──」プリンは鼻を塞ぎ、遠巻きに懸命に目を凝らしてエレベーターの中を見た。その床に置かれていたのは蓋の開いた缶詰。おそらく、世界一臭い食べ物として著名なシュールストレミングであろうと思われた。
「どこのばかよ!」プリンは絶叫した。「あんなもんエレベーターに置いたのは」
「私なんて体半分乗っちゃったんだよ」最初に被害に遭ったらしい男が情けない声を出した。
 エレベーターは誰一人乗ってこないので、無言で扉を封印した。しかしゆっくりと閉じる間、絶え間なく臭いが一同のところへ流れてきて、全員もんどりうった。
「ああっ!」プリンは床を蹴った。「やめてやめて。もう、なにこれ。鼻だけ死んじゃいそう」
「階段を使うしかないな」スーツの男は鼻を押さえたまま去っていった。
 それで済む話ではないだろう。プリンはキッと(くう)(にら)む。「早くあれをエレベーターから撤去(てっきょ)しなきゃ、へたすると数週間使用禁止になるかもよ? ああ、もう私の服に染みついちゃったかも」
「取り除きにいく勇気が出ない」通路の窓を開けてそこから動こうとしない男が言った。「警察か軍隊を呼ばないと、あれは危険物だ」
「だいたい、誰があんなことしたの?」
 首を振る面々。
「これってもしかして、タム・ゼブラスソーンの仕業じゃないの?」
「タム・ゼブラスソーンって、庭荒らしで有名な?」と一人が訊いた。
「そうよ」プリンは足をバンバン踏み鳴らす。「こんなあくどいことできるやつ、穹沙(きゅうさ)市にはあいつしかいないじゃない! ついにレモンさんのとこにも来ちゃったのよ。早く知らせなきゃ、レモンさんに」
「非常階段で行こう」男が提案した。「レモンさんはオフィスにいるかも」
「お客さんが来てるのよ」そのうちの一人であったプリン。一緒に走りながら言う。「多分、十五階にいるわ」
「ひえー、十五階かよ」
 男たちは二階のオフィスを利用している業者の者たちらしかった。昼からずっと図書スペースを利用していたと聞いてプリンは「ピエロと子どもたちを見なかった?」と訊いた。
「そういや図体のでかい変なメイクをしたピエロがいたな」
「そのピエロ、タムなのかもしれないわ。あの子たち誘拐されてないでしょうね」

 十五階に辿り着いたときには全員息が切れていた。苦しくて顔をあげられない状態だったが、「プリンさん!」とレモンたちが声を発したので、すぐに拘束(こうそく)されている仲間たちのところへ走った。
「やっぱりタムの仕業? ここへ来たの?」
「あなたは無事だったのですか?」レモンが訊いた。「ここへ来たのはタムの手下ですよ。キッパーさんが連れ去られてしまった」
「ええ?」荒い息のまま縄をほどくプリン。「スクヤ君とマイニちゃんももしかしたら、なのよ。いないの。七階で変なピエロとかくれんぼしてて」
「ピエロなら知ってる。僕も一緒にいたもの」スィーが言った。
 レモンがプリンとともに助けにきてくれた男たちに指示を出した。「厨房の使用人たちも縛られているみたいなんです。行ってもらえますか? どなたか警察に連絡を。私たちはキッパーさんと子どもたちを探しましょう」
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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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