ティー・レモン氏の空中庭園(10)──最後のショー

文字数 1,536文字

「ところで、」とレモン。「さっき、出張ピエロがどうとか、子どもたちがかくれんぼをしたと言っていたが──」
「ああ、そうだよ」とスィー。
「私は出張ピエロなど雇ってないぞ。今日はここにいるお客様だけしかお招きしていない」
「それもタムの仲間じゃないか?」キィーが忌々(いまいま)しげに吐いた。
「では、スクヤとマイニは悪党と一緒なのか」
「ピエロさんは悪党じゃないよ」スィーが言った。「自分が隠れて、もし時間内に子どもたちが見つけられたら素敵なプレゼントをくれるって言ってね。もう見つかったかなー」
「見つかるかよ」とキィー。「とっくにとんずらしてるだろうよ」
「それじゃ詐欺(さぎ)じゃないか!」スィーが怒った。
「だからやつらは悪党だって言ってるだろ」
「あの子たちが縛られていないなら、どうにかして助けを呼んでもらえるようにできないかね?」と樹伸(きのぶ)が言った。
「プリンさんは?」レモンが言った。「あのモデルさんを見かけなかったか?」
「僕は知らないよ」スィーが頬を(ふく)らませて不服そうに答えた。「兄さんたち、さっきからぐちゃぐちゃ言ってないでさ、ここから脱出する方法を真面目に考えようよ。ゲームに参加していない人に頼るなんてルール違反だよ」
「おまえー」レモンが今日最大の感情を震わせて言った。「まだ本気で脱出ゲームだと思っているのか? おまえはなんてばかなんだ」
 ふと床を見ると、ハンカチが置かれていた。レモンは思わず体を前に倒すと、それに顔をこすりつけて涙を(ぬぐ)った。
「レモンさん」キッパータックが慌てた。「やめてください、それ蜘蛛ですよ」

 ガットと女が戻ってきた。ガットは言った。
「おい、このおっさん、どこの神に礼拝を捧げてんだ?」
 レモンが蜘蛛のハンカチに顔を押しつけたまま元に戻れなくなっていた。
「起こしてやってくれませんか?」と樹伸が頼んだ。「前に倒れて起きあがれなくなっちゃって」
「世話が焼けんなぁ、おい」ガットはレモンを起こしてやった。顔に蜘蛛がついているのを見ると、泥棒は親切ついでに指でつまんで「ぴっ」と床に捨てた。
「あっ!」とキッパータックが声をあげた。
 ガットは五人の前に戻った。女とともに並ぶと言った。
「さ、そろそろ最後の仕上げの時間だ」
「?」
「おれたちが企画した本日最高の余興があるんだが、残念なことにたった一名様しかご招待できないんだよ。さあ、晴れてこの名誉を得る幸運な男は誰だろうな?」
「なになに?」スィーだけが沸き立った。「なにがはじまるの?」
「まあ、待て。誰が適任かゆっくり考えさせてくれ」
 ガットはこのショーの進行を掌中にした性悪な司会者だった。また獲物を渉猟(しょうりょう)し、生涯かけて消化すると称するねちっこい大蛇のように五人の眼前を行ったりきたりしてみせた。スィー以外はもう憔悴(しょうすい)しきって少時も顔をあげていられないくらいだった。
 樹伸の前にガットのにやついた顔が寄ってきた。「この百三十歳のおっさんにするかな? 百三十年ももった体ならどんなことでも耐えられそうだからな」
「な、な、なにを──」
「ちょいっと待ちなよ、ガット」女が異を唱えた。「こいつだよ。私たちゃこいつに恨みがあるんじゃないか?」
 女の人差し指はキッパータックに向いていた。「私たちにあんなからっぽの壺をよこしやがってさ。泥棒しそこなってんだよ。いつか復讐してやろうと思ってたんだ」
「え?」
「そうか、そうだったな」ガットも同意した。「じゃ、こいつにするか」
 ガットはキッパータックの足のテープを剥がし、引っ張って連れていく。
「やめてください、どこに行くんですか?」足がもつれるキッパータック。
「こっちだ、もたもたするんじゃねえ」
 満足そうに見送っていた女も、残りの者たちを一瞥(いちべつ)すると、二人を追いかけて庭園の方へと歩いていった。
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登場人物紹介

ヒューゴ・カミヤマ・キッパータック。砂の滝がある第4大庭の管理人。好きな食べ物・魚の缶詰。好きな生き物・アダンソンハエトリ(蜘蛛)。清掃業も営んでいる。

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